熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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守るべき人

#1

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ずっとここに居るから。祖母はそう言って微笑んだ。
小枝のように痩せこけた指で口元を押さえながら、白希の頭を優しく撫でた。
「ごめんね。もう少し、見てあげたかったんだけどね」
座敷の上に白希を座らせ、徐に抱き締めた。

「おばあちゃん、ちょっと休むけど……白希の傍にいるからね」

────辛いかもしれないけど、ちゃんと生きていくんだよ。

か細いが、心の奥深くに響く声だった。

実家よりも嗅ぎ慣れた畳の匂いがずっと残っている。年季の入った掛け時計に、綺麗に片付けられた本棚。祖母の柔らかい髪が頬に当たっていた。
ものがなくなっていく。それと一緒に、彼女は静かに……どんどん物静かになっていった。

祖母の危篤を知ったのは、それから一週間後のことだ。

家主がいなくなった家はどこか寂しい。どれだけ留まっても音がしなくて、ひたすらに天井を見上げていた。
自分の身体の一部を失ったみたいに、手足が動かせない。流し尽くした涙も乾いて、また部屋に閉じこもった。

この時から、力の暴走は一段酷くなった。納屋にいても父の怒号が聞こえて、それを宥める母の声が聞こえていた。
一家を崩壊させたのは自分だ。
この力さえ制御できれば何も問題なかったのに。自分が不甲斐ないから周りの人を不幸にしてしまった。

この力は病気なんだ。

「ごめんなさい……っ」

不幸を感染させる、悪魔の病。

祖母もいないのに、これ以上生きていたって仕方ない。
自分さえいなければ皆幸せになれるんだ。
だからもう、死にたい。

……そう思ったのに、どうして私は十年も生き延びたんだろう?

生きる意味なんてとっくに失くしていたのに、あの納屋の中で息をし続けた理由は……。


雨がやんだようだ。
長く短いうたた寝の後、白希はベッドから下りた。掌がじんじんと痛むが、さっきの息苦しさはおさまった。
今はひとつの疑問が膨れ上がり、無我夢中で自分の本棚や机を調べた。

なにか手がかりがあるはずだ。自分がここまで生きようと思った理由が……どこかに残されてるはず。
机の一番下の引き出しを開けた時、他のノートとは違う手帳を見つけた。取り出して中を確認してみると、それは日記帳だった。
知らないものだから罪悪感がわずかに生まれるけど、一応自分が書いたものだ。セーフということにして、一頁目から文章を追っていく。
日記は購入した日からではなく、律儀にも宗一と出逢った日からの出来事を記入していた。家が焼けてしまい東京にやってきたこと、宗一に助けられて引き取ってもらったこと。彼に縁談を持ちかけられたことまで、詳細に書かれていた。

上部は箇条書きだけど、下にはその時に感じたことまで書かれている。
意外だったのは喜びや安堵より、ネガティブな感想の方が多く書かれていたことだった。

てっきり能天気に与えられた幸せに浮かれてると思ったのに……十年後の自分は、突然始まった宗一との生活に大きな不安を抱いていた。

こんなに良くしてもらって申し訳ないとか、早く自立して恩返しをしなくちゃとか、幸せになってはいけないだとか。彼は常に自責の念を抱えて生きていたのだと分かった。でも。

最後のページを捲ると、彼の飾り気のない想いが綴られていた。

宗一さんに逢えて良かった。

手紙を書き続けて良かった、と。

「……手紙」

ふと思い出して、日記帳を机に置く。代わりにサイドにあった白の便箋を手にとった。
こんなちっぽけなもので生き延びたとでも言うんだろうか。だとしたら単細胞にも程がある。
「馬鹿みたい」
宗一が手紙を返したのはただの気紛れかもしれないのに。……嬉しくて嬉しくて、……きっと救われてしまったんだ。

彼が優しいことなんて、もうとっくに気が付いてる。でも認めたくなかった。
認めてしまったら、今度こそ自分は全て思い出さなきゃいけなくなる。でも全て思い出すのが怖かった。以前の生活に戻りたいと願いはしても、周りを不幸にしてきた自分がまたそこに馴染めるか分からない。

大切な人だと分かってしまったら……もうこれ以上傷つけることなんてできなくなる。

「……っ」

前に屈み、白希は声を殺して泣いた。
開きっぱなしの日記帳に雫が零れ落ちる。そのページの最後の一文には、生きてて良かった、と綴られていた。





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