熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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失くしもの

#18

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思ったままに告げると、彼は驚いたように目を見開いた。

まずいことを言ってしまったか。内心ひやひやしていると、彼はげんなりした様子で額を押さえた。
「……やっぱお前って、他人のことは冷静に観察してるよな」
「……?」
これは……褒められてるのか?
確信が持てないため口を噤む。
やっぱり、記憶がないことを隠して話すのは無理があった。どんなにとぼけたところで、親しい人間には違和感が生まれてしまう。

こちらも、これ以上隠し通すのは色々としんどい。
彼が家に来ると知ったとき、どうして対応すると言ってしまったんだろう。
“友達”という響きがとても珍しく聞こえたからだろうか。

夫も特別だけど、自分は友達も同じぐらい特別な存在だったのかもしれない。

目元を隠すように俯いた時、廊下につながる扉が開いた。
「ただいま。……あ、文樹君こんばんは。いらっしゃい」
宗一だ。今は落ち着いた態度で、にこやかに文樹に挨拶している。
「宗一さん。急にお邪魔してすみませんでした……」
「いや、来てくれて嬉しいよ。それに私の方こそ、連絡が遅くなって申し訳ない」
こちらが心配する必要もなく、二人は和やかに会話を始めた。わずかに疎外感も覚えたが、だからといってどうすることもできない。白希は力なくソファに座った。

その様子を見て、文樹は宗一の元へ寄った。白希に聞こえないよう声を潜める。

「宗一さん、白希ちょっと様子おかしくないですか?」
「え。そう?」
「変ですよ。ぼーっとして、明後日の方向見てるし。話もちょっと噛み合わないんです」

文樹は逡巡した後、真剣な表情で宗一を見つめた。

「本当に何にもなかったんですか? ……これまで連絡できなかったのは、白希の身になにか大変なことが起きたからじゃないんですか?」
「……」

宗一は手を洗い、冷蔵庫を開ける。表面では微笑を保っているが、内心では苦笑していた。
察しが良い、だけじゃない。物怖じせずはっきり訊いてくる文樹は、白希とは違う意味で純粋だ。
彼のような友人を持って、白希は幸せだ。
そして私も……。

空になっている彼のグラスにジュースを注ぎ足し、静かに手渡す。

「本当に、心配かけてごめんね」
「いやっ……、怒ってるわけじゃないんです。宗一さんは何も悪くないし! バイト先の店長も、体調不良って理由で休むことに納得してくれたし」

文樹は必死に説明しながら、ソファに座る白希を一瞥した。

「でも、何か変じゃないですか。白希がいるのに、宗一さんも……何かちょっと、悲しそうだし」
「……!」

黙ったのは、驚いたからだ。
そこまで見抜かれてしまっていたことに、彼への感心と、自分に対する情けなさが綯い交ぜになる。
宗一は瞼を伏せ、首を横に振った。
「大丈夫だよ。でも、そんな風に言ってもらったのは初めてかもしれない」
心配をかけたことは申し訳ないけど、さっきよりも断然気持ちが上向いている。
「ちょっと楽になった。……ありがとう」
「いや、俺は何も……ほ、本当に大丈夫ですか? 白希も、前のわちゃわちゃ感がなくなってますけど」
「あはは。平気平気。……すぐに元通りになるよ」
彼に笑いかけ、次いでリビングにいる白希に視線を向けた。

彼は顔色を変えず、泰然と座っている。本当にわずかだが、朝よりも頬が赤く見える。
「文樹君。白希、今日はあんな感じだけど……また家に遊びに来てもらえないかな?」
「もちろん……むしろ、良いんですか?」
文樹が尋ねると、宗一は頷いた。

「詳しいことを話せなくてごめんね。もうひとつ、私の個人的なお願いになるんだけど……これからも、白希と友達でいてほしい」

台に手をつき、消え入りそうな声で告げた。
記憶があろうとなかろうと、白希はまだ狭い世界で生きている。これから徐々に、その世界を広げていかなければならない。
その時に信頼できる相手が必要だ。自分以外に、心を許せる存在が。

彼がようやく手に入れた繋がりを大事にしたい。
頭を下げて頼むと、文樹は慌てて手を振った。
「大丈夫ですよ。今までもこれからも、白希は友達だから」
それから少し恥ずかしそうに俯き、頬を掻いた。
「白希の旦那さんにこんなこと言うの、すっごい失礼なんですけど……俺、白希はマジで絶滅危惧種だと思ってたんスよね。温室育ちっていうか、警戒心ないところとか、とにかく心配になる感じ」
「あはは。ちょっと分かるよ」
彼の境遇を思うと決して笑えないのだが、すごく背中を丸めた文樹の視線に合わせた。
彼も笑っていたが、やがて低い声で両手を組んだ。

「そう……思ってたんですけど、たまーに頑固なところもあって。他人を疑わないっていうより、疑いたくない、って感じ……なのかも」

むしろ意地になってる時があって、そういう時は何がなんでも信じようとする。
不器用だけど真っ直ぐで、ちょっとスッキリする。そう言い、文樹は背伸びした。

「自分に自信ないけど、芯はしっかりしてるから大丈夫なのかな」
「……そうだね。あれでいて、実はすごく強い子だよ」

宗一が微笑むと、文樹もつられて笑った。そしてジュースを一気に飲み、やはり恥ずかしそうに頷いた。

「ですよね。俺の自慢の友達なんで」




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