160 / 196
失くしもの
#18
しおりを挟む思ったままに告げると、彼は驚いたように目を見開いた。
まずいことを言ってしまったか。内心ひやひやしていると、彼はげんなりした様子で額を押さえた。
「……やっぱお前って、他人のことは冷静に観察してるよな」
「……?」
これは……褒められてるのか?
確信が持てないため口を噤む。
やっぱり、記憶がないことを隠して話すのは無理があった。どんなにとぼけたところで、親しい人間には違和感が生まれてしまう。
こちらも、これ以上隠し通すのは色々としんどい。
彼が家に来ると知ったとき、どうして対応すると言ってしまったんだろう。
“友達”という響きがとても珍しく聞こえたからだろうか。
夫も特別だけど、自分は友達も同じぐらい特別な存在だったのかもしれない。
目元を隠すように俯いた時、廊下につながる扉が開いた。
「ただいま。……あ、文樹君こんばんは。いらっしゃい」
宗一だ。今は落ち着いた態度で、にこやかに文樹に挨拶している。
「宗一さん。急にお邪魔してすみませんでした……」
「いや、来てくれて嬉しいよ。それに私の方こそ、連絡が遅くなって申し訳ない」
こちらが心配する必要もなく、二人は和やかに会話を始めた。わずかに疎外感も覚えたが、だからといってどうすることもできない。白希は力なくソファに座った。
その様子を見て、文樹は宗一の元へ寄った。白希に聞こえないよう声を潜める。
「宗一さん、白希ちょっと様子おかしくないですか?」
「え。そう?」
「変ですよ。ぼーっとして、明後日の方向見てるし。話もちょっと噛み合わないんです」
文樹は逡巡した後、真剣な表情で宗一を見つめた。
「本当に何にもなかったんですか? ……これまで連絡できなかったのは、白希の身になにか大変なことが起きたからじゃないんですか?」
「……」
宗一は手を洗い、冷蔵庫を開ける。表面では微笑を保っているが、内心では苦笑していた。
察しが良い、だけじゃない。物怖じせずはっきり訊いてくる文樹は、白希とは違う意味で純粋だ。
彼のような友人を持って、白希は幸せだ。
そして私も……。
空になっている彼のグラスにジュースを注ぎ足し、静かに手渡す。
「本当に、心配かけてごめんね」
「いやっ……、怒ってるわけじゃないんです。宗一さんは何も悪くないし! バイト先の店長も、体調不良って理由で休むことに納得してくれたし」
文樹は必死に説明しながら、ソファに座る白希を一瞥した。
「でも、何か変じゃないですか。白希がいるのに、宗一さんも……何かちょっと、悲しそうだし」
「……!」
黙ったのは、驚いたからだ。
そこまで見抜かれてしまっていたことに、彼への感心と、自分に対する情けなさが綯い交ぜになる。
宗一は瞼を伏せ、首を横に振った。
「大丈夫だよ。でも、そんな風に言ってもらったのは初めてかもしれない」
心配をかけたことは申し訳ないけど、さっきよりも断然気持ちが上向いている。
「ちょっと楽になった。……ありがとう」
「いや、俺は何も……ほ、本当に大丈夫ですか? 白希も、前のわちゃわちゃ感がなくなってますけど」
「あはは。平気平気。……すぐに元通りになるよ」
彼に笑いかけ、次いでリビングにいる白希に視線を向けた。
彼は顔色を変えず、泰然と座っている。本当にわずかだが、朝よりも頬が赤く見える。
「文樹君。白希、今日はあんな感じだけど……また家に遊びに来てもらえないかな?」
「もちろん……むしろ、良いんですか?」
文樹が尋ねると、宗一は頷いた。
「詳しいことを話せなくてごめんね。もうひとつ、私の個人的なお願いになるんだけど……これからも、白希と友達でいてほしい」
台に手をつき、消え入りそうな声で告げた。
記憶があろうとなかろうと、白希はまだ狭い世界で生きている。これから徐々に、その世界を広げていかなければならない。
その時に信頼できる相手が必要だ。自分以外に、心を許せる存在が。
彼がようやく手に入れた繋がりを大事にしたい。
頭を下げて頼むと、文樹は慌てて手を振った。
「大丈夫ですよ。今までもこれからも、白希は友達だから」
それから少し恥ずかしそうに俯き、頬を掻いた。
「白希の旦那さんにこんなこと言うの、すっごい失礼なんですけど……俺、白希はマジで絶滅危惧種だと思ってたんスよね。温室育ちっていうか、警戒心ないところとか、とにかく心配になる感じ」
「あはは。ちょっと分かるよ」
彼の境遇を思うと決して笑えないのだが、すごく背中を丸めた文樹の視線に合わせた。
彼も笑っていたが、やがて低い声で両手を組んだ。
「そう……思ってたんですけど、たまーに頑固なところもあって。他人を疑わないっていうより、疑いたくない、って感じ……なのかも」
むしろ意地になってる時があって、そういう時は何がなんでも信じようとする。
不器用だけど真っ直ぐで、ちょっとスッキリする。そう言い、文樹は背伸びした。
「自分に自信ないけど、芯はしっかりしてるから大丈夫なのかな」
「……そうだね。あれでいて、実はすごく強い子だよ」
宗一が微笑むと、文樹もつられて笑った。そしてジュースを一気に飲み、やはり恥ずかしそうに頷いた。
「ですよね。俺の自慢の友達なんで」
2
お気に入りに追加
177
あなたにおすすめの小説


淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
次男は愛される
那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男
佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。
素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡
無断転載は厳禁です。
【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】
12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。
近況ボードをご覧下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる