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失くしもの
#17
しおりを挟む「名前……」
でも、そういえば名前を知らない。
一番大事なことなのに、宗一から聞きそびれてしまった。
ぼうっと佇む白希を不審に思ったのか、青年は眼前で手を振った。
「おい、白希? 本当に大丈夫かよ」
「大丈夫じゃないです」
「マジ? どうした」
「久しぶりにお会いしたら、貴方のことを何て呼んだらいいのか分からなくなりまして」
我ながら凄まじいボケを披露していると思う。
でも、これぐらいしないと彼から名前を聞き出せない。雅冬のときは、既に宗一が話していたが……この青年には、何故か記憶喪失ということを隠しておきたかった。
自分が全て忘れていると知ったら、きっと傷つくから。
無表情のまま青年の顔を見返すと、彼は心配そうに笑った。
「ったく、また先生とか言うなよ? フツーに文樹でいいから」
文樹。……さん。
名前がわかっただけなのに、すごく嬉しい。
「……つうかお前、ちょっと顔怪我してね?」
「わ……大丈夫です、全然痛くないので」
頬をなぞられ、くすぐったくて後ろに下がる。
何かこの人、誰かに似てる。誰だっけ。
声も香りも仕草も。宗一と同じく、懐かしい感じがする。
心の隅で思量しながら、恐る恐る青年の前に手を差し出した。
「ご心配おかけしてごめんなさい。あの……もし良ければ、上がってください」
私の家じゃないけど。
心の中で宗一に謝りながら、スリッパを置く。せっかく会いに来てくれたのに、このまま帰すのも申し訳ない。
文樹は遠慮していたが、半ば強引に家の中に誘導した。ひとまず椅子に座ってもらい、自分はキッチンへ入る。
「そういや白希の家、初めて入ったな」
「え、初めてなんですか?」
宗一と知り合いだから親しい仲だと想像したのだが、家に呼んだことはないらしい。
「いや初めてだろ。マジでどうした」
「すみません、最近ぼけてて」
あと、緑茶が見つからない。彼に入れようと思ったのだが、急須も湯呑みも見当たらなかった。宗一は緑茶を飲まないんだろうか?
……飲まなそうだな。
一考してひとり納得してると、文樹がキッチンの中へ入ってきた。
「さっきからウロウロしてるけど、何やってんの?」
「お茶を入れたいと思ったんですけど、見つからないんです」
「あぁ、そんなのいいから。そもそも、俺が突然押しかけたのが悪いし」
彼はそこで初めて笑った。今までずっと険しい顔をしていたから分からなかったが、これが普段の彼なんだろう。明るく、陽気な青年に思える。
こんな人と友人関係だったなんて、ちょっと信じられない。
「あっ! そうそう、ここの住所なんだけどさ。何故か大我が知ってたから、それを聞いて来ちゃったんだ」
「大我さん!?」
思わず大きな声を出してしまい、青年は慌てた。
「う、うん。本当に悪い!!」
彼は両手を合わせ、頭を下げる。住所を聞き出したことを謝っているようだったが、白希が驚いているのは別件だ。
大我と知り合い。……まさか、この人……。
以前大我が言っていた、想い人のことが頭をよぎった。
「大我さん……と、最後にお会いしたのはいつですか?」
「え。会ったのは、三日前かな。住所は電話で聞き出したんだ。あいつも、お前の様子が知りたいとか言ってたよ」
文樹はそう言うと、また鋭い目付きで体を乗り出した。
「白希……何があったのかちゃんと教えてくれ。大我に何か脅されてんなら、俺があいつと話してやめさせるから!」
「文樹さん、落ち着いて……別に大我さんには何もされてないから大丈夫ですよ」
「本当か? あいつ、お前を襲った変な奴らと組んでたっぽいぞ!」
話から察するに、彼は事件当日の様子も知っている。白希と同じく渦中にいたようだ。
なら自分だって危険な思いをしたはずなのに……彼は白希のことばかり心配し、そして怒っている。
何て真っ直ぐで純粋な人だろう。
良い人だ。────嫉妬してしまいそうなほど。
「大我さんはただの学生でしょ。犯罪に関わったりはしてないと思いますよ。文樹さんは大我さんのこと、信用してないんですか?」
「してないよ。直接行動してなくても、お前を襲った奴らと関わってたのは間違いないし」
「そっか……」
少し考えて、冷蔵庫を開ける。扉の内側にパックのオレンジジュースが入っていたので、文樹に渡した。
「白樹、コップ使っていい?」
「はい」
私のじゃないけど……。二つのグラスに、オレンジジュースが注がれていく。一つをこちらに差し出し、文樹は俯いた。
「信用したいけど、できない。それにあいつ、わざと俺を怒らせようとしてくるんだ」
「あぁ、それは……怒らせたいわけじゃなくて、……嫌われたいんだと思います」
グラスを両手で持ち、壁に寄りかかる文樹に笑いかける。
白希にも覚えがあった。道源の家にいた時は、自分も大我に嫌われようと頑張った。これ以上彼が苦しまないように……とにかく離れられるように。
「文樹さんを守りたいから。嫌われてでも距離を置こうとしたんじゃないかな」
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