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失くしもの
#15
しおりを挟む白希は瞬きした。
「何で……そこまで」
もう目は冴えている。純粋な疑問をぶつけると、宗一は清々しいほどはっきり答えた。
「愛してるから結婚したんだ。何も不思議なことなんてないよ」
言ってる意味は分かる。
でもその心情までは分からない。
「分からない。……分かりたくない」
白希は視線を逸らした。
身体は快感と倦怠感に打ちのめされているのに、疼いている。
表面ではなく、触れられない内側が。
「……っ」
滑稽だと思ったものの、腰を浮かして後ろに手を伸ばした。
普段は決して触らない、奥まった部分の小さな窪み。そこに指を這わせる。
どうしてこんな場所が疼くのか。分からないけど、彼と目が合った途端に全てがどうでもよくなった。
きっと、彼は自分が欲しいと言ったものは全て与えてくれる。
それに乗っかってしまいたい。
「うっ……」
気持ち悪い。
突如、猛烈な吐き気に襲われ口を手で塞いだ。
「白希……!」
異変に気付いた宗一に、身体を支えられる。
“また”だ。
いつだって、自分を守れるのは自分だけなのに……どうして最後は他人に縋りついてしまうんだろう。
現実から逃げようとした。
楽しかった出来事が霞んでしまうぐらい、辛いことがあったからだ。生を放棄したわけじゃないけど、弱かった自分はこうすることでしか自分を守れなかった。
でもそろそろ“出てきて”くれてもいいのに────。
「白希? 良かった、私が分かるかい?」
痛いほど眩い白が飛び込んでくる。
白希は寝室のベッドの上で、天井を見上げていた。その端には、心配そうにこちらを見下ろす宗一がいる。
「はぁ~、心配したよ。また突然失神するから」
宗一は心底安堵した様子で、傍に腰を下ろした。だが冷静に考えて、原因は彼にあると思う。
「朝から変なことをたくさんされて、限界突破しただけです」
「あぁ、それはそうだ。ごめんね……つい昔の感覚に戻っちゃって」
彼は申し訳なさそうに手を合わせる。実際悪気はないんだろうけど、事ある毎に以前の自分の存在がチラつく。
起き上がりはしたが、ベッドに座ったまま時計を見た。
恐らく、彼は仕事に行かなきゃいけない時間だろう。いつまでもここに留まらせては駄目だ。
「大人しく寝てますので、出掛けてください」
「本当に大丈夫? やっぱり心配になってきた……私も今日は有給を使おうか」
「大丈夫ですよ。私の身体は意外と強いみたいだし」
そのはずだ。ろくに運動しなくても、医者いらずで生活していたんだから。
煮え切らない様子の宗一をわざと冷たくあしらうと、熟考の末長いため息をついていた。
「………………分かった。でも三時間ごとに家に電話するから、必ず出るように。いいね?」
「……わかりました」
三時間って、寝かす気ないな。
心の中でのみツッコみ、大人しく頷いた。
日中、出勤後の宗一は本当に三時間ごとに電話をかけてきた。
嫌がらせに近い。せっかくベッドで寝ていても受話器を取るために起き上がるので、結局リビングのソファで過ごした。
勝手に外出しないか監視も兼ねてるんだろうけど、こんな状態で彼も大丈夫なんだろうか。仕事に支障が出ていたら大問題だ。
心配してるわけじゃない。別に彼が仕事で大失敗しようか構わないけど……。
ふらふらしながら水を飲み、用意されていた食事を食べる。でもやはり食欲がわかず、スープだけでいっぱいになってしまった。
この玉ねぎのスープも美味しいけど、何だか上手く飲み込めない。
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