熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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失くしもの

#11

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恥を忍んで尋ねると、彼は興味津々に食いついてきた。

「手紙? もしかして、宗一に書くつもり?」
「ええ……」

正直に、宿題なのだと話した。ラブレターではないと分かった時の雅冬は落胆していたが、それでも感慨深そうに呟いた。
「いやー、やっぱり意外と女々しいよな、こいつ。結局手紙に戻るのか」
うんうんと一人頷いているが、こちらは全く意味が分からない。すると雅冬は宗一が眠るソファの肘掛けに静かに座った。

「君は宗一と文通をしてたんだよ」

柔らかい髪にそっと触れ、彼は眉を下げた。
もうずっと昔のこと。宗一は、大事な文通相手がいると嬉しそうに言ってきたらしい。
「今の時代にアナログだなぁと思ったけど……本気も感じられるし、悪くないな、って言ったんだよ。そしたら尚さら機嫌良くしちゃって。ちょろいよなぁ」
文通。自分と、彼が?
とてもそんなことをしそうにない。それでも雅冬の話が本当なら、自分達は五年以上手紙でやり取りをしているらしかった。

辺鄙な村にいる、関わりのない少年に嫌々付き合う必要なんてない。繋がりなんて簡単に断ち切れるはずなのに。
じゃあもっとずっと前から、彼は白希に特別な感情を抱いていたということか。

理解したけど、理解したくない……相反した想いを抱えながら、その場に突っ立っていた。
宗一のことを知れば知るほど心が掻き乱される。
どうしよう。────怖い。

急に黙り込んだ白希に気付いて、雅冬は心配そうに立ち上がる。彼の手を引き、代わりにソファに座らせた。
「宗一相手なら、書き方なんて気にする必要はないよ。本当の気持ちを書いてやんな。それが一番喜ぶと思う」
「……」
自分の気持ちもよく分からないぐらいだけど……彼のアドバイスは、素直に受け取った。
ペンと便箋を持ってきて、しばらく考えていたけど、一文字も書けない。段々眠くなって、床に座りこんだ。
雅冬がベッドで眠るように促してきたが、書ききるまでは眠れない。時計と睨めっこしながら、時々宗一の寝顔を眺めた。
ずっとこのまま、彼が眠ってくれていたら……自分も安心して、ずっと傍にいられるのに。




「……あれ?」
宗一が目を覚ましたのは、日付けが変わった時刻だった。
静まり返った室内で、微かな寝息が聞こえる。ソファの上で起き上がり、視線を下げると綺麗なつむじが見えた。
「あらら。白希、こんなところで寝ちゃったのか」
ソファに背を預け、白希は床に座って眠ってしまっていた。宗一にはブランケットがかかっていたが、白希が掛けてくれたんだろうか。
朧気に考えていると、背後から呆れ返った声が聞こえた。

「最初テーブルで寝たのはお前だぞ、宗一」
「雅冬。……ごめんごめん。……色々」

彼を放ったらかしにして眠ってしまったことはもちろん、既に終電もない時間だ。
「今夜は泊まっていってくれ。布団を用意してくる」
「いい、自分でやる。それより白希をベッドに連れてってやれ」
雅冬は席に座ったまま、熱いお茶を飲んだ。

「ベッドで寝るよう言ったんだけど、お前の傍から離れなくてな。警戒心強い猫みたいだよ」
「そう……」

足を床に下ろし、俯く白希を見つめる。その寝顔は以前と同じだ。
「別に私じゃなくても良いんだ。どうも独りで寝るのが怖いらしい」
「へえ。……まぁ、まだ色々不安だろうしな」
前傾になって首を捻る雅冬に、宗一は頷く。そして深いため息をついた。

「白希の前じゃため息も我慢してるのか?」
「もちろん」
「別に良いんじゃないか。“今の”白希は、そういうの気にしないと思うぞ」

雅冬はお茶を飲み切ると、新しく宗一の分も淹れた。カップを手渡し、再びどっかりと腰を下ろす。そして眠っている白希に鋭い視線を送った

「でもな。……何か妙だな」
「何が?」
「十年分の記憶を失くしてるんだよな? ってことは今の白希は十年前の状態。十歳だろ」

宗一は頷く。

「正直、十歳と話してる感じがしない。中身の……精神年齢は以前の白希とそう変わらないんじゃないか」

雅冬はいつもより低いトーンで話し、脚を組んだ。
宗一は瞼を伏せる。彼が言いたいことは何となくだが分かっていた。
不可解故、疑念が強まる。自分も、彼と同じことを思っている。

「……本当に、“ただの”記憶喪失なのか。よく注意した方が良いぞ、宗一」




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