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失くしもの
#7
しおりを挟むこんなことしたって何にもならないのに。
本当に以前の自分を好いていたなら、より絶望するだけなのに……宗一は、白希を病院へ連れていった。脳神経外科に心療内科、精神科と引っ張り出され、終わる頃にはへとへとになっていた。
「道源様にも診てもらってるのに……」
「医者としての腕は知らないけど、人間的に信用できないから仕方ないね。セカンドオピニオンは鉄則だし」
待合室の長椅子に座り、白希は項垂れた。
心底疲れた。もう何でもいいから早く終わってほしい。解放されたい。
レントゲンを見せられてもよく分からないし、退屈だ。頭を打った形跡もなく、思考判断も問題なし。一過性の記憶障害と診断された。
しかし年単位の長期記憶を失っていることは非常に稀で、これからカウンセリングも兼ねて通院することになってしまった。今はぴんぴんしてるのに、まったく余計なことをしてくれる。
密かに恨みに思ってると、隣から熱い視線を感じた。
「何ですか?」
「いや。本当に、会った頃の白希だなあと思って。脚をぴったり閉じてるところとか」
言われて初めて気付いたが、確かに男性で脚を閉じて座ってるのは自分だけだ。急に恥ずかしくなって、そろそろと脚を開く。
「別に無理しなくていいよ?」
彼は頬杖をついて苦笑しているが、知ってしまった以上そのままにしておくのは不可能だ。
「白希は周りをよく見ていてね……あ、君もだけど。私が教えるより先に、ほとんどのことは自分で学んで、馴染んでいったなぁ」
聡い子だったと彼は笑うが、本当に賢ければ十年も屋敷に閉じこもったりしないんじゃないか、と悪態をつきたくなる。
甘いと優しいは違うし、争いを避けることが必ずしも良い結果を生むわけではない。時には武力行使しないといけない時だってある。
この世界に味方なんていないんだから。自分の身は自分で守らないと……。
膝の上に置く手を握り締めた時、目の前の老女と、孫、だろうか。その二人が何か言い合ってるのが聞こえた。
「ねぇ、ここは何処なの?」
老齢の女性の方が急に落ち着きをなくして、いつまでもここにはいられない、早く家に帰って食事の支度をしないと、と隣にいる若い青年に泣きついている。食事の時間が遅れると怒る旦那でもいるんだろうか。と思いきや、
「おばあちゃん……もうおじいちゃんはいないんだよ」
彼女の夫は、もうとっくに他界している。そう、青年が説き伏せていた。記憶障害……認知症だろうか。
……。
切なさとか、虚しさとか、そんなもの生きてるうちに自然と浸透してくる。わざわざ誰かに教わらなくても。
村の伝統舞踊のように……喜びより悲しみを表現する方がよっぽど重大で、意義のあることだと思う。でも世の中、それを嫌う人間が多い。
真実から目を逸らしたくなる気持ちは分かる。それが大事な人に関わることなら尚さらだ。
だから……人との関わりが詰まった思い出というやつは、特別なものなんだろう。頭の中に刻み込まれ、薄れはしても失われることはない。
思い出どおりに考えれば、目の前の老女は間違いなく、「早く家に帰らなくてはいけない」のだ。周りがそれを笑い飛ばそうと、全面から否定して怒鳴りつけようと……彼女の“現実”は何も変わらないし、救われない。
────あんなに苦しんでるのに、誰にも分かってもらえない。
「……白希?」
手の甲に、冷たい雫が零れ落ちる。
気付けば、何故かぼろぼろと涙を零し、泣いていた。隣にいる宗一も動揺し、言葉を飲み込んでいる。
何に影響されてこうなったのか、自分にも分からない。別に老女に同情したわけでも、将来の不安を思ったわけでもないからだ。
ただ、恐ろしいほどの虚無感に囲われていた。
この世にはどう頑張っても変えられないものがある。人は本当に脆く、最後は全て失って呆気なく死んでいくのだと思ったら……あまりに人の一生は切ない、と感じた。
あのまま村にいたら、私はもっと…………。
呆然と目の前を見ていると、こちらを振り向いた老女と目が合った。
「あら……貴方、どうしたの? どこか痛いの?」
彼女はさっきまで連れ人と話していた内容も忘れ、泣いている白希を心配し始めた。
それが分かったとき、何故かまた涙が溢れた。
変だ。胸が熱くて、苦しい。
「ご心配かけてすみません。大丈夫ですよ」
それまで隣で見守っていた宗一が微笑んで返し、老女の隣にいる青年に会釈する。
青年も軽く頭を下げ、また老女を宥めだした。
「白希。……大丈夫だよ」
肩に手を添えられ、横に引き寄せられる。この不安の正体なんて何も理解してないだろうに、やはり同じことを言った。
「大丈夫。君の居場所は、私がつくるから」
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