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失くしもの
#3
しおりを挟む暗がりの中で、水滴が滴り落ちる。
何となく綺麗だと思って、呆然と眺めていた。していることは滑稽だが、見ていて飽きない。捕まえたいはずの自分をそっちのけで落し物を探して、変わり者には違いない。
そろそろ体温を奪われ、手足の感覚もなくなってるだろう。このあとどうするつもりだろうか。
この隙にこの場から立ち去っても良かったのに、また身を乗り出して彼のポケットからスマホを取り出した。
「これ、光るんでしょ? 照らせば少しは見えるんじゃないですか」
「ああ、そうか。頭良いねぇ」
宗一は目を丸くして手を叩いたが、彼が天然なだけだと思う。
道源や大我が弄っているところを見ていたから、このスマートフォンとやらがとても万能なものだということは知っている。だが詳しい操作方法までは知らない。
手がぬれてる宗一の為にライトを点けてやろうとしたが、よく分からなかった。
「画面開いた? そしたら上から下にスライドして」
「スライド?」
「指で引っ張るみたいに。……そうそう」
言われるまま、画面に表示されたアイコンに触れる。何故か宗一は嬉しそうに笑っていた。
「君にスマホの使い方を教えるのは二回目だ」
「……!」
スマホを持ったまま、彼の顔を見上げる。
ライトに照らされたその笑顔は、とても嘘をついてるようには見えなかった。
こんな風に笑う人……自分の世界にはいなかった。
急に速まった鼓動に動揺しながら、スマホを彼に手渡す。そして後ろに退くつもりだったのだが、何故か腕を掴まれ、バランスを崩した。
「ひ……つめたっ!!」
「あはは! お返し。あー、何かちょっとだけスッキリした」
「……っ!!」
白希は豪快に池の中に落ち、宗一より水浸しになってしまった。
彼はどうやら、思ったよりもずっと大人気ない人間らしい。もちろん油断した自分が一番悪いけど、寒さと怒りで歯軋りする。
しかしとにかく、寒くて耐えられない。急いで立ち上がり、縁を蹴って飛び降りた。
「よくも騙しましたね! 道源様に聞いてた通り、最低な人です!」
「逆にこれまで聖人か何かだと思ってたのかな? 私は悪い大人だよ。十歳そこらの君に惚れて、ずっと想い続けていたんだから」
宗一は屈みながら、ライトを水面に向けていく。そこで「おっ」と声を上げ、中からなにか拾い上げた。
「良かった。……見つけた」
非常に小さな金属。それを愛おしそうに握り締め、胸ポケットに仕舞った。
全然理解できない。そんなものを手放さないのも、子どもっぽく笑うところも、攻撃だけはしないところも。
…………聞いてた話と、違う。
宗一もようやく池の中から出て、白希の隣に降り立った。
「はあー、寒い寒い。風邪ひいちゃうね。早く帰ろう」
「はい? どこに?」
「もちろん、私達の家に」
ズボンの裾を軽くしぼりながら、彼ははにかんだ。
あまりの寒さでガタガタ震えてしまう。それでも顔を背け、横目で睨んだ。
「今の私は、貴方を知らない。貴方だって、今の私は嫌でしょ」
「いいや。私の妻は君だけだよ、白希」
手を掴まれ、強引に連れて行かれる。これはほぼ誘拐じゃないのか。
「ちょっと、困ります! 大声出しますよ!」
「もう出してるけどね……道源の元には絶対帰さないよ。君の居場所は初めから、私の傍だけだ」
振り返って話す宗一の目は、軽く据わっている。
思ったよりずっと押しが強いというか……重い……?
何とも言えない重圧に押され、口を噤む。力を使ってこの手を離してもいいが……何がなんでも連れてかれそうだ。
仕方ない。従うか。
目を細め、彼の後ろ姿を見つめた。
全然知らないはずなのに、何故か胸が熱くなる。
─────私は、彼を本気で好きだったんだろうか。
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