熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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失くしもの

#1

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力を持つ者は意識的に距離を置くことができるし、無意識に引き寄せられることがある。
甘い匂いに惹かれる虫のようだ。偶然留まった花は有毒植物かもしれないのに。

だがそれでも、離れることはできない……。

駐車券をとり、空いている駐車場に車を停めた。
オフィス街の一角にある為、ちょうど仕事帰りのサラリーマンやOLが多く出歩いている。
正直、彼が来そうな場所じゃない。
スマホをポケットに仕舞い、ドアをロックする。道源が自分を弄んでるわけじゃないなら、この近くで合ってるはずだ。
街中にある、噴水広場のある公園に出た。季節により様々なイベントやフェスがやる場所だが、今夜は誰もいない。

しかし間違いない。肌に焼けつくような熱を感じる。村にいた時はよく感じていた、あの特有の……。


「宗一さん」


時間がとまった。
張り詰めた状況も、張り裂けそうな心境も、たったひと言で塗り替える。それだけの力を持つ存在は、自分にとって世界でひとりだけだ。

「白希」

片足を引き摺るように振り返る。真後ろのベンチで脚を伸ばして座っていたのは、紛れもなく、自分が知る白希だ。

「無事だったんだね。良かった……!」
「……」

宗一は白希の目の前まで歩き、手を差し出す。しかし白希はその手を眺めるだけで、とろうとはしなかった。
「白希……?」
「宗一さん……本当に私を心配して来てくれたんですか?」
白希は眉を下げ、力無く俯く。その姿と言動になにか違和感を覚えつつも、宗一は前に屈んだ。

「どうしたんだい? 白希……道源になにかされたのか?」

厚手のパーカーを羽織ってるからよく分からないが、彼の頬にはうっすらと痣がある。道源は無事だと言っていたが、それも宗一を油断させる為の嘘の可能性もある。
ポケットからスマホを取り出し、立ち上がる。
「……白希、立てるかい? 今すぐ病院に行こう。私の車を向こうに停めてるから」
一緒に、と言ったところで、ポケットから何かを掠め取られた。

「病院? 村の間違いじゃないんですか?」
「白希? さっきから何を言って……」

白希が取ったのは、変形したペアリングだ。それを可笑しそうに指でいじり、徐に立ち上がる。
「道源様が言ってました。貴方は私を殺す為に、私を騙して結婚した、って」
「な……」
驚きのあまり言葉を失う。まさか道源が、そこまで馬鹿げた嘘を伝えるなんて。
いや違う。そうじゃない。
「白希……それを信じたのか?」
そんな話を、彼が信じるとはとても思えない。
そうだ。自分が知る“彼”なら。

「ふ……っ」

白希は何も答えず、ただ口角を上げた。
ずっと抱いていた違和感が輪郭を露わにする。
目の前にいる彼は、自分の知る白希じゃないと。

「白希。私が誰なのか、本当に分かってる?」

スマホを仕舞い、静かに問い掛ける。彼はゆっくり移動し始めた。
「もちろん。水崎家のひとは全員知ってます」
「いいや。私とどこで知り合ったか、私がどんなプロポーズをしたか。答えられるかい?」
努めて笑顔を浮かべ、腰に手を当てた。かつてなく嫌な予感がする。
心をまるごとえぐり取られている。目の前の青年が、全く知らない人間に見えるせいで。

「私の知る白希は、自分のことを俺と言うんだ」

鉛のような重い声で告げると、今度は軽快な反応を示してくれた。

「俺? へえ~! なるほど、いいですね、それ」

何とも軽い。
そして冷めてる。周りの空気が凍てつき、気温が下がった。

「じゃあ私もこれから自分のことを俺って言おうかな。そしたら今の“私”に少し近付けます? 気弱で、騙されやすくて、力の使い方が下手だった“俺”に」
「君……まさか」
「もう分かってるでしょ? 私は貴方のことを何も知らない。十年分、記憶をなくしてしまったので」



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