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頬凍つる
#10
しおりを挟む『村のやり方は僕も嫌いだ。それは嘘じゃない』
道源はここで初めて、昔の声音に戻った。
『二十歳の誕生日に白希がいなくなったと聞いた時は、君と直忠に感動したんだ。何か面白いことが始まる予感がした。でもそんなことなかったね。余川夫妻は失踪したままだし、君は白希に求婚してハッピーエンド。はぁ……』
つまらない。
今までで一番低い声で、彼は呟いた。
『ねえ宗一、もう少し面白いものを見せてよ。今まで村の奴らに可笑しく扱われた分をお返ししてさ。僕は陳腐でも復讐劇の方が、まだシンデレラストーリーより好きだ』
「君の好みに合わせるつもりはない。それに白希はどれだけ酷い扱いをされても、誰も憎まなかった」
『へえ。偉いねぇ~。でもそれ、前の白希でしょ?』
一瞬だが、思考が止まる。
これまで無理やり抑えつけていた凶暴ななにかが蠢いた気がした。
「前の……?」
『そう。僕は君が知ってるような、優しくてえら~い白希を知らないんだ。今の彼は、もっと合理的で冷めた子だからね。昔の宗一とだったら気が合ったんじゃないかな』
無意識に前に移動し、彼の言葉一々を拾っていた。
なにかは分からない。だが恐れていたことが起きてしまったような、緊迫した空気に支配される。
「白希に何をした」
『やだな、僕は何もしてないよ。でも心が弱い子だったみたいだからね。自分を守る為に、嫌なことは全部封じちゃったんじゃないかな。安心して、これでも医者だから……君の元にいるより、僕といる方が急変があった時すぐに対応できる』
「怪我……」
歪になったリングを見下ろす。心臓を貫くほどの痛みが宗一を襲った。
「白希の状態は? 無事だと確認できる証拠を見せてくれ……!」
『今頃焦りだしたか。本当に君って変なところで天然っていうか、面白いよ』
白希を始末しようとしていた奴らに襲われて無傷なわけがないだろ? と、道源は吐き捨てた。
『でも今は元気だから大丈夫だよ。そんなに会いたいなら会えばいい。……白希は多分、僕を選ぶと思うけど』
「何言って……」
問い詰めようとした時、スマホの通知音が鳴った。ショートメールだ。
『地図を送った』
「何の?」
『だから、君が愛する白希の。本当に悪い子で困ったよ。家から出るなって言ったのに、勝手にふらふら出ていっちゃうんだから』
まぁいいや、と席を立つ音が聞こえる。
『僕の弟に面倒を見てもらってたんだけど、潮時だろうね。後は好きにしなよ。まだ村の連中がうろついてるだろうから、危ない目に遭うのは白希だけど』
「……!」
ショートメールに添付された位置情報を確認する。ここからそう遠くない場所だ。
「道源。電話を切る」
『うん。いいよ』
「近いうちに会いに行くから、楽しみにしててくれ」
早口で告げると、どこか満足そうな笑い声が返ってきた。
『本当に、会いたいな。宗一に会う為に東京に来たのに、いざ会いに行こうとすると緊張しちゃって』
「ふ……」
冗談とも本音ともとれない言葉。
だが本当に会いたかったら、十年も会いに来ないのはおかしい。
でも、そういうこともあるだろうか。自分が、十年近く白希に会えなかったように。
通話を切り、シートベルトをしめる。
「あいつとこんなに長話したの、初めてだな」
自嘲的に笑い、顔を上げる。スマホを助手席に放り投げ、エンジンをかけた。
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