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頬凍つる
#9
しおりを挟む白希のスマホはずっと電源が切られている。恐らく“彼”が管理しているんだろう。
仕事を終え、宗一は駐車場の車の中で瞼を伏せた。
暗い車内でシートを倒し、手のひらの中にある歪なリングを弄ぶ。
これは白希がつけていたペアリング。だったもの、だ。
高熱で溶け、とても指にははめられない状態になっている。こんなになるほど、白希の感情が激しく揺さぶられたことを示唆していた。
マンションの周りになにか手がかりがないか探していたところ、やっとのことで発見したものだった。
静かな海底のような空間に身体を預ける。
その時スマホが青く光った。
「もしもし。水崎です」
見覚えのない電話番号だったが、逡巡した末に通話ボタンに触れた。すると、今の心境には相応しくない溌剌とした声が聞こえた。
『久しぶりだね、宗一。僕からの電話、待ち遠しかった?』
「道源……」
スマホを持つ手に力が入る。
彼の言う通り、彼からのアクションが欲しいのは事実だった。さらにシートを後ろに倒し、瞼を伏せる。
『この前は電話に出られなくて悪いね。僕も二十四時間仕事に呼び出されるから、中々忙しくて』
「それはどうもお疲れ様。……それで? 何が望みだ」
挨拶は手短に、単刀直入に尋ねた。電話の先では渇いた笑い声が聞こえる。
『十年ぶりに話すんだから、もう少し昔話に付き合ってくれてもいいのに。……白希のことが心配で仕方ないんだね。わかるよ。愛する妻だもんねえ』
魅力的だが、聴く者によっては鼓膜に張りつくような声だ。宗一は横に少し傾き、スマホをスピーカーに切り替える。
『でも僕は、あの子は宗一には相応しくないと思う』
スマホをホルダーにはめ、視線だけ画面に移した。
「それで?」
笑えるほど心が動かない。宗一は自身の凍てついた心に気付いていた。
電話の相手……かつての友人でもある羽澤道源に、初めての感情を抱いている。人に対し抱くべきではない、黒い海が波打ち出していた。
「私に相応しい相手を君が決めてくれるとでも? 残念だけど、私は自分が決めた相手以外に興味はない。君も同じだ、道源。十年前に確かに断ったはずだよ」
古い記憶が蘇る。まだ黒い感情なんて持っていない、若い自分達の日々が。
あれも大事な記憶として仕舞っておきたいのに、何故掘り起こしてわざわざ汚すのか。全くもって理解に苦しむ。
宗一が静かに待っていると、相も変わらずおどけた声が返ってきた。
『宗一は僕を選ばなかったことより、あの子を選んだことに後悔する。大体、君があの子と会ったのは彼が十歳程度のときだろう? 僕は優しいから周りに言いふらしたりしないけど、ショタコンだと思われないように気をつけてね』
「年齢じゃないな。性別でもない。……君には一生分からないよ」
分からなくていい、と付け足した。
あえて突き放したように言うと、またわざとらしいため息が聞こえた。
『全く、相変わらず冷たいね。村の連中から白希を助けたのは僕の弟なのに』
「本当に? 場所も時間も、あまりに都合が良すぎるじゃないか。彼らが白希をさらいに来ると知ってたんだろ?」
そして白希を助けたのは気紛れか、自分に貸しをつくる為。
十中八九後者だ。貸しというより、脅し。ていのいい人質として、自分を駒にする為。
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