熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

文字の大きさ
上 下
141 / 196
頬凍つる

#9

しおりを挟む



白希のスマホはずっと電源が切られている。恐らく“彼”が管理しているんだろう。

仕事を終え、宗一は駐車場の車の中で瞼を伏せた。
暗い車内でシートを倒し、手のひらの中にある歪なリングを弄ぶ。
これは白希がつけていたペアリング。だったもの、だ。
高熱で溶け、とても指にははめられない状態になっている。こんなになるほど、白希の感情が激しく揺さぶられたことを示唆していた。

マンションの周りになにか手がかりがないか探していたところ、やっとのことで発見したものだった。

静かな海底のような空間に身体を預ける。
その時スマホが青く光った。
「もしもし。水崎です」
見覚えのない電話番号だったが、逡巡した末に通話ボタンに触れた。すると、今の心境には相応しくない溌剌とした声が聞こえた。

『久しぶりだね、宗一。僕からの電話、待ち遠しかった?』
「道源……」

スマホを持つ手に力が入る。
彼の言う通り、彼からのアクションが欲しいのは事実だった。さらにシートを後ろに倒し、瞼を伏せる。

『この前は電話に出られなくて悪いね。僕も二十四時間仕事に呼び出されるから、中々忙しくて』
「それはどうもお疲れ様。……それで? 何が望みだ」

挨拶は手短に、単刀直入に尋ねた。電話の先では渇いた笑い声が聞こえる。

『十年ぶりに話すんだから、もう少し昔話に付き合ってくれてもいいのに。……白希のことが心配で仕方ないんだね。わかるよ。愛する妻だもんねえ』

魅力的だが、聴く者によっては鼓膜に張りつくような声だ。宗一は横に少し傾き、スマホをスピーカーに切り替える。

『でも僕は、あの子は宗一には相応しくないと思う』

スマホをホルダーにはめ、視線だけ画面に移した。

「それで?」

笑えるほど心が動かない。宗一は自身の凍てついた心に気付いていた。
電話の相手……かつての友人でもある羽澤道源に、初めての感情を抱いている。人に対し抱くべきではない、黒い海が波打ち出していた。

「私に相応しい相手を君が決めてくれるとでも? 残念だけど、私は自分が決めた相手以外に興味はない。君も同じだ、道源。十年前に確かに断ったはずだよ」

古い記憶が蘇る。まだ黒い感情なんて持っていない、若い自分達の日々が。
あれも大事な記憶として仕舞っておきたいのに、何故掘り起こしてわざわざ汚すのか。全くもって理解に苦しむ。

宗一が静かに待っていると、相も変わらずおどけた声が返ってきた。

『宗一は僕を選ばなかったことより、あの子を選んだことに後悔する。大体、君があの子と会ったのは彼が十歳程度のときだろう? 僕は優しいから周りに言いふらしたりしないけど、ショタコンだと思われないように気をつけてね』
「年齢じゃないな。性別でもない。……君には一生分からないよ」

分からなくていい、と付け足した。
あえて突き放したように言うと、またわざとらしいため息が聞こえた。
『全く、相変わらず冷たいね。村の連中から白希を助けたのは僕の弟なのに』
「本当に? 場所も時間も、あまりに都合が良すぎるじゃないか。彼らが白希をさらいに来ると知ってたんだろ?」
そして白希を助けたのは気紛れか、自分に貸しをつくる為。
十中八九後者だ。貸しというより、脅し。ていのいい人質として、自分を駒にする為。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

処理中です...