140 / 196
頬凍つる
#8
しおりを挟む「大我っ!!」
「いたっ! 何すんだよ、文樹」
早朝、大学に着いたと同時に、後ろから何かのファイルで頭を叩かれた。
大我が振り返ると、そこにはいつもと違い、険しい顔つきの文樹がいた。
「何度も連絡したのに無視しやがって……ちょっと来い!」
「わわっ」
襟を掴まれ、危うく転びそうになる。だが文樹は人の目も気にせず、大我を引っ張って中庭へ向かった。
こんなに怒っている彼を見たのは久しぶりだ。内心苦笑しながら、襟を握る手が離れていくのを眺める。
「未だに白希と連絡がとれない。お前、絶対何か知ってるだろ。一体何したんだよ!」
文樹の台詞は、予想通りのものだった。
白希は彼の友人で、バイトも一緒だ。突如連絡がとれなくなったら、それは心配するだろう。
けど自分に向けている怒りは、それとは別物だ。
「三日前、お前の言う通りの道で白希と帰ったら、黒い服を着た変な奴らに襲われた。あいつらとグルなのか? 白希は変なもん嗅がされて、連れ去られそうになったんだぞ! 全部正直に言わなきゃ、今すぐ警察に通報して、お前が絡んでたことも話す」
「文樹ちゃーん、落ち着いて。……本気で、俺を売るっての?」
両手を前に、冗談めかして尋ねる。すると彼は、辛そうに顔を歪めた。
「だから……そんなことさせんなっつってんだよ……!」
風がやんで、嫌に静寂が広がる。
何にも触れてない指先に痛みが走る。爽やかな陽気だというのに、息苦しい。
気持ちがすれ違うだけでこんなになるなんて、本当に不思議だ。
「白希は無事だよ」
どんなに白希を大事に想ってようと、正義感があろうと、文樹が裏切るとは思えない。そう思えるほどには時間を重ねてきた。
でも彼が一番欲しい回答を真っ先に取り出してしまうところは、俺も彼に甘い。
「今のところ元気に過ごしてる」
「本当に……? じゃ、何で連絡とれないんだよ。白希の旦那さんも、白希と連絡とれなくて心配してんだぞ」
水崎宗一か。
白希と親しいんだから当然だが、文樹の口からあの青年の存在を聞くのは少々複雑だ。
何せ兄は、彼がいたことであれほど変わってしまったのだから。
「……詳しいことはまだ言えない。でもそのうち絶対会えるから、それだけ宗一さんに伝えといてよ」
「何だそりゃ……お前ら、本当に何が目的なんだよ……」
文樹は唇を噛み、それまで躊躇っていたであろう言葉を口にした。
「お前がいた村が関わってるのか」
「……だとしても、文樹には関係ないよ」
実際問題、彼をこれ以上関わらせてはいけない。これはあくまで兄が始めたことだ。そして、村の奴らが始めたこと。白希と宗一は巻き込まれただけ。
自分はただ、それを傍観するだけ。でも気付いた時には全て終わってくれてるのが一番望ましい。
「誤解しないでほしいのは、お前を危険な目に合わせるつもりはなかったってこと。白希を襲った奴らは、一般人は襲わないって言ってたのに……お前まで巻き込んだことは、本当に申し訳ないと思ってる。ごめん」
「俺のことはともかく。……白希を襲ったことが問題なんだよ」
大我は文樹に不思議な力のことを話していた。
察しのいい彼ならもう気付いているだろう。白希はもちろん、宗一もこの力の持ち主だということに。
「白希の旦那さん……宗一さんも、警察に言う気はなさそうだし。二人揃って何なんだって思ってたよ。でもやっぱり、お前も含めてだ」
指をさされた為、その手を掴んで引き寄せてやった。腰を支え、息が当たりそうな距離で答える。
「警察に解決できることじゃないし。俺達はほとんど、村から逃げてきてんだよ。自分の居場所が大っぴらになるようなことは避けたいんだ。……例え誰かの命がかかってたとしてもな」
ため息混じりに目を眇めると、文樹は心底分からない、という目で見返してきた。
「死ぬよりマシだろ。大切な人だって……死んだら返ってこないんだぞ」
「そーだな。そう思うのが普通だよ。お前は、普通に愛されて育ってきたから」
決して揶揄してるわけじゃない。むしろ羨ましいと思っている。
普通の生活を送れていたら、命より大事なものはないと思えたはずだ。危険な目に合おうと、自分や大切な人の無事を優先できただろう。
でも俺達はそうじゃない。村の掟より重いものはない。
それを分かってほしいとは思わないし、もし分かったら重症だ。文樹は、俺を許さず、安全圏で生きてほしい。
「俺はお前が好きだ。それは本当」
「……っ」
額をつけて囁く。
文樹は否定も肯定もしなかった。
講義が始まる寸前、彼から手を離した。
「白希がお前に会えるまで……俺も、しばらくお前の家には行かない。じゃあな」
友達なんかじゃない。
彼も同じことを思ってる。
「馬鹿野郎……っ」
友達なんて単純な言葉じゃ表せられない関係なんだ。だからこれ以上一緒にいることはできない。
1
お気に入りに追加
176
あなたにおすすめの小説



繋がれた絆はどこまでも
mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。
そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。
ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。
当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。
それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。
次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。
そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。
その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。
それを見たライトは、ある決意をし……?


目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる