熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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頬凍つる

#6

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その報せは、雷雨とともに宗一の元に届いた。

「白希が襲われたって本当か、宗一!?」
「雅冬……。あぁ。白希と連絡がとれないと、文樹くんから電話があってね。私の電話にも出ないし」

冷たい雨が叩きつける夜、雅冬は宗一と白希のマンションに来ていた。宗一からの一報を受け大急ぎでやってきたのだが、彼は不自然なほど落着している。消沈しているのとも違う宗一の様子に、雅冬は怪訝な表情を浮かべた。
「警察には通報したんだろうな?」
「……」
宗一は首を横に振った。
「居場所は分かってる。電話は繋がらないが、白希に持たせたスマホのGPSがあるからね。都内にいることは間違いない」
「そうは言っても、無事か分からないだろ!」
「……恐らく無事だ。攫った人間も分かってるんだ。古い付き合いだから……」
雅冬の隣をすり抜け、宗一は暖房を入れた。落ち着き払っているように見えるが、頑なに目を合わせようとしないところから、内心は動揺しているのだと分かる。
雅冬はため息まじりに、テーブルに手をついた。

「村の奴らか。それしかいないもんな」
「ああ。本人からもメールがきたよ。今、白希を保護してると」
「保護?」

怪訝そうに返す雅冬に、宗一も肩を竦める。
「白希が村の人間に襲われそうになったところを助けた……と書いてあった」
「は、アホらしい! どうせそいつが襲わせたんだろう。白希の居場所を知ってる人間なんて限られてるんだから!」
雅冬の言う通りだ。白希の居場所というより、宗一の住所を知ってる人間が以前からいたのだ。そして村人達に教え、白希を襲わせたのだろう。

警察に通報するのが正しい。だが現状、白希は人質のようなものだ。下手なことをして“彼”を刺激したら、逆に白希に危険が及ぶかもしれない。
それなら自分が直接赴いて、彼の要求を飲んだ方が良い。鎮火しかけていた春日美村での火災と、白希の家族の行方についてまた騒がれれば、直忠の身も危ない。

「村の奴らが白希を狙ってることは分かる。でも今回白希を攫った奴は何が狙いなんだ。こっちで暮らしてるぐらいだし、仮に村で悪いことが起きたとしても無関心を装いそうなもんだが」
「そうだな。……羽澤家は」

宗一はソファの背に腰掛け、口元を手で覆った。
「昔から利己的な人間が多い印象だったよ。私と直忠の同級生がいたんだけど……彼が今、一族を取り纏めている。でも東京に来ていたなんて」
「それは知らなかったんだな」
「東京に来てからは、直忠とも一切連絡をとってないんだ。知るわけない。……つい先日、父さんから聞いただけだ」
そう。それなのに、白希の周りに注意を払えなかった自分が歯痒くて仕方ない。
村の人間が実力行使をしてくることは分かっていたんだ。やはり独りで出歩かせることはさせずに……いや、もっと早くに住まいを変えていれば。

「しっかりしろ、宗一。こうしておけば良かった……ってのは、事が起きないと分からないこともある。お前が白希の為と思ってやってたことが間違いなわけじゃない」

肩を掴まれ、顔をゆっくり上げる。
彼は、こちらの気持ちを読み取ってるかのように強い口調で告げた。
「そもそも白希を狙う奴らが悪いんだろ。風習とか言い伝えとか、時代錯誤もいいとこだよ。誘拐した奴はただの変態かもしれないが」
「……」
雅冬は腰に手を当て、心底軽蔑した様子で吐き捨てる。
……彼の言う通りだ。起きてしまったことへの罪悪感は消えないが、白希を助け出すことが先決だ。

「すまない、雅冬」
「俺に謝ることはないけど……とにかく、その羽澤って奴と連絡とらないと。一刻も早く白希を取り戻さなきゃ」
「ああ。……事と次第によっては、私も……」

命を懸ける。
白希。彼を取り戻す為なら何でもする。

宗一は瞼を伏せ、一呼吸した。スマホを取り出し、メッセージに表示されている電話番号を指でなぞった。





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