熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

文字の大きさ
上 下
136 / 196
頬凍つる

#4

しおりを挟む


大我は背中を向けたまま、窓の外を見つめた。
「道源様……ていうか俺の兄は、好きな人を追ってこっちに出てきた。俺も、東京の大学に行きたかったから軽率についてきちゃったけど……半分後悔してる」
「もう半分、後悔してないなら良いじゃないですか」
「お前ほんと良い性格になったよな」
「メリットが多い方をとるのは当然ですよ。それで、後悔してない半分は? 大学生活が充実してるからですか?」
横向きになって問いかけると、彼は意外にもバツが悪そうに視線を逸らした。

「……勉強とかバイトじゃない」
「と言うと?」
「食らいつくなぁ。……好きな奴ができたんだ」

薄闇の中でも、大我の頬が赤くなったことが分かった。
白希は何度か瞬きする。
「同じ大学の……女性じゃないですよね? 男性でしょ?」
「ほんっと、いやに洞察力高いな。そうだよ、同級生の男。俺友達作る気なかったから、上っ面だけ良くして適当にやり過ごそうとしてたんだけど。……そいつは、しつこいぐらい世話焼いてきてさ。ここに帰るのがしんどいときは、そいつの家に泊まってる。っていうか、もう寝たこともあるんだけど」
「そうだったんですね。おめでとうございます」
充分東京に留まる理由になる。
それにしても、彼をここまで熱中させる相手とはどんな青年だろう。ちょっとお目にかかってみたい。

「てなわけだから、俺も村に帰るわけにはいかないんだ。白希も、とりあえず兄さんの元にいる方がいいよ。村の奴らは兄さんが牽制してくれるし……必要なものは全て用意してくれるだろうから」

自由行動ができない以外に、不自由はない。
だが自分が欲しいものは、物ではない。
「そうですね」
けど大我を安心させる為に、同意の言葉を吐いた。
「貴方の恋愛も応援してますよ」
「はっ、あんがと。……にしても、記憶って脆いものなんだな。俺と初めて会った時のこととか、何も覚えてないんだもんな?」
大我はそこで初めて振り返り、微笑を浮かべた。
自身の膝に頬杖をつき、興味深そうに白希の頬を押す。

「申し訳ないけど、全く覚えてません。……初めて会った時って、どこで?」
「図書館のカフェ。俺そこでバイトしててさ。白希が東京に来てることは知ってたから、軽く運命感じちゃったね。力を持つ人間って、どこに行ってもこうやって出逢っちゃうのか……って」

彼は感慨深そうに瞼を伏せる。
「あの時の白希は可愛かったなぁ。アタフタして、泣きそうな顔しちゃって~。女の子みたいで、守ってあげたい感じだった。今は目つきも言うこともキツいからな」
「それはどうもすみませんね」
彼曰く、以前の自分は酷く女々しく、気弱だったようだ。全くもって嘆かわしい。
大人しくしていた方が良い時もあるが、損することも多い。親に意見できず、納屋に閉じ込められたときのように……弱い姿勢を見せると、相手はどこまでもつけ上がるものだ。

反吐が出る。

「じゃ、もう寝なよ。おやすみ」

頭から目元へ、大我の手のひらが流れる。
その温もりに安堵しながら、眠りについた。

以前も……こんな風に、誰かに寄り添ってもらっていたことがある。それはいつだったのか、誰だったのかも分からない。その人は今、誰を想って寝ているのだろう。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

【書籍化・取り下げ予定】あなたたちのことなんて知らない

gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。書籍化予定です。取り下げになります。詳しい情報は決まり次第お知らせいたします。

処理中です...