135 / 196
頬凍つる
#3
しおりを挟む「何のことだよ」
「隠す必要ありませんよ。大我さんって分かりやすいですから……。彼の前では目を輝かしているのに、近付かれると尖って、自分から距離をとっている。見てるこっちがハラハラする」
彼のドライヤーを持つ手に掌を重ねる。唇が当たりそうな距離で、白希は囁いた。
「でも貴方の“それ”は恋愛とは別物か。どちらかと言うと、小さな子が親に甘えたい……自分を認めてほしい、っていう感情に類似してる」
私には分かる。
顔を離して告げた途端、ドライヤーの熱風がけたたましい音を上げた。
「うわっ……!! ちょっと、やめてくださいよ! 耳がおかしくなる!」
「嫌なら二度と馬鹿なこと言うな」
大我は無表情のまま、淡々と切り捨てた。ドライヤーの電源を切り、白希の髪を手櫛で整える。
しばしの沈黙が流れたが、白希の襟元に手を伸ばし、ボタンを留めていった。
「はー……何か、前の白希の方がウブで素直で可愛かったな。今は無駄に勘が良くて、狡猾で、生意気」
カチンときて、ついついこちらも睨み返す。まあドライヤーは止まってるし大丈夫だろう。
大我も白希と同じ“力”の所有者だ。温度を調節する白希と異なり、彼は音量を調節する力を持つ。小さな音を爆音で鳴らしたり、逆に大音量をぴたりと止めることができる。ただし人間や動物の声は上手く調節できないらしい。
「人の声量も調節できれば良かったのにね。そうすれば、夜あの人に抱かれる時も私に聞かれなくて済んだのに」
洗面台に寄りかかり、手を後ろに回す。無防備な状態で彼を見つめた。
喧嘩を吹っかけていることは明白。というより、売ってるのだ。わざと挑発的なことを言って、大我を怒らせようとしている。
彼が嫌々自分の世話をしてることは分かっている。
だからこそ、早く縁を切って、別れたかった。
彼の前からいなくなりたい。存分に自分を嫌って、憎んで、一発ぐらい殴りつけて……それで彼がすっきりできるなら。
けど、彼は苦しそうに顔を歪めるだけだった。
「……そんなの、地獄だな」
タオルを洗濯機に投げ入れ、さっさと脱衣室から出ていく。
「…………」
黙って彼の後についていく。下は履いてないけどどうでも良かった。
何で怒らないんだ。全然分からない。
彼が自分を邪魔だと思ってることは間違いない。突如自分のテリトリーに現れて、あまつさえ面倒を見る羽目になったのだから。
「私を追い出していいんですよ」
「だから、それを決めるのは俺じゃない。全部、……兄さんの言う通りに動くだけだ」
二階の部屋に誘導される。ベッドに乗り、仰向けに倒れた。
当主である兄の言いなり……か。そういう人生もある。
両親に隠されて過ごした自分のように。はたまた、大人達から賞賛され、村を出ていったあの人のように。周りの環境次第でこの世は天国にも地獄にもなる。でも今が苦しいのに生きる意味って何だろう。
「兄さんは今日も帰り遅いみたいだから、もう寝な」
「わかりました。……ねえ、寝るまでもう少し……傍にいてもらえませんか」
ドアの前に佇む大我に顔だけ向けてお願いすると、彼は不可解そうに眉を寄せた。
「ほんと……自分を嫌ってるかもしれない相手に、よくそういうこと頼めるな?」
「私は貴方のこと嫌いじゃないし。それより、暗い場所が嫌いなんで」
悪びれずに言うと、彼は深いため息と共に傍にやってきた。露骨に面倒くさそうだが、結局お願いを聞いてくれる。彼のそういうところが不憫で、そして好きだ。
サイドのスモールライトのみ点灯させ、大我はベッドに腰掛けた。そして布団を引き上げ、白希の上に掛けてやる。
「……別に、嫌いじゃないよ」
「え?」
「俺も。別に白希のことが嫌いなわけじゃない。今の生活が嫌いなんだ」
11
お気に入りに追加
177
あなたにおすすめの小説


龍神様の神使
石動なつめ
BL
顔にある花の痣のせいで、忌み子として疎まれて育った雪花は、ある日父から龍神の生贄となるように命じられる。
しかし当の龍神は雪花を喰らおうとせず「うちで働け」と連れ帰ってくれる事となった。
そこで雪花は彼の神使である蛇の妖・立待と出会う。彼から優しく接される内に雪花の心の傷は癒えて行き、お互いにだんだんと惹かれ合うのだが――。
※少々際どいかな、という内容・描写のある話につきましては、タイトルに「*」をつけております。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
次男は愛される
那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男
佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。
素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡
無断転載は厳禁です。
【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】
12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。
近況ボードをご覧下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる