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頬凍つる
#3
しおりを挟む「何のことだよ」
「隠す必要ありませんよ。大我さんって分かりやすいですから……。彼の前では目を輝かしているのに、近付かれると尖って、自分から距離をとっている。見てるこっちがハラハラする」
彼のドライヤーを持つ手に掌を重ねる。唇が当たりそうな距離で、白希は囁いた。
「でも貴方の“それ”は恋愛とは別物か。どちらかと言うと、小さな子が親に甘えたい……自分を認めてほしい、っていう感情に類似してる」
私には分かる。
顔を離して告げた途端、ドライヤーの熱風がけたたましい音を上げた。
「うわっ……!! ちょっと、やめてくださいよ! 耳がおかしくなる!」
「嫌なら二度と馬鹿なこと言うな」
大我は無表情のまま、淡々と切り捨てた。ドライヤーの電源を切り、白希の髪を手櫛で整える。
しばしの沈黙が流れたが、白希の襟元に手を伸ばし、ボタンを留めていった。
「はー……何か、前の白希の方がウブで素直で可愛かったな。今は無駄に勘が良くて、狡猾で、生意気」
カチンときて、ついついこちらも睨み返す。まあドライヤーは止まってるし大丈夫だろう。
大我も白希と同じ“力”の所有者だ。温度を調節する白希と異なり、彼は音量を調節する力を持つ。小さな音を爆音で鳴らしたり、逆に大音量をぴたりと止めることができる。ただし人間や動物の声は上手く調節できないらしい。
「人の声量も調節できれば良かったのにね。そうすれば、夜あの人に抱かれる時も私に聞かれなくて済んだのに」
洗面台に寄りかかり、手を後ろに回す。無防備な状態で彼を見つめた。
喧嘩を吹っかけていることは明白。というより、売ってるのだ。わざと挑発的なことを言って、大我を怒らせようとしている。
彼が嫌々自分の世話をしてることは分かっている。
だからこそ、早く縁を切って、別れたかった。
彼の前からいなくなりたい。存分に自分を嫌って、憎んで、一発ぐらい殴りつけて……それで彼がすっきりできるなら。
けど、彼は苦しそうに顔を歪めるだけだった。
「……そんなの、地獄だな」
タオルを洗濯機に投げ入れ、さっさと脱衣室から出ていく。
「…………」
黙って彼の後についていく。下は履いてないけどどうでも良かった。
何で怒らないんだ。全然分からない。
彼が自分を邪魔だと思ってることは間違いない。突如自分のテリトリーに現れて、あまつさえ面倒を見る羽目になったのだから。
「私を追い出していいんですよ」
「だから、それを決めるのは俺じゃない。全部、……兄さんの言う通りに動くだけだ」
二階の部屋に誘導される。ベッドに乗り、仰向けに倒れた。
当主である兄の言いなり……か。そういう人生もある。
両親に隠されて過ごした自分のように。はたまた、大人達から賞賛され、村を出ていったあの人のように。周りの環境次第でこの世は天国にも地獄にもなる。でも今が苦しいのに生きる意味って何だろう。
「兄さんは今日も帰り遅いみたいだから、もう寝な」
「わかりました。……ねえ、寝るまでもう少し……傍にいてもらえませんか」
ドアの前に佇む大我に顔だけ向けてお願いすると、彼は不可解そうに眉を寄せた。
「ほんと……自分を嫌ってるかもしれない相手に、よくそういうこと頼めるな?」
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悪びれずに言うと、彼は深いため息と共に傍にやってきた。露骨に面倒くさそうだが、結局お願いを聞いてくれる。彼のそういうところが不憫で、そして好きだ。
サイドのスモールライトのみ点灯させ、大我はベッドに腰掛けた。そして布団を引き上げ、白希の上に掛けてやる。
「……別に、嫌いじゃないよ」
「え?」
「俺も。別に白希のことが嫌いなわけじゃない。今の生活が嫌いなんだ」
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