熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

文字の大きさ
上 下
133 / 196
頬凍つる

#1

しおりを挟む


夜明け色の空に、鳥が飛び立つ。
時間が止まったみたいだ。空虚で、寂然で、平和な時間。

平和。
……平和って、何だ?

「退屈って意味だよ」

頭を撫でられ、そうか、といやに納得した。
それなら“私”は、平和が嫌いだ。退屈な時間は苦痛でしかない。
外に出たい。体を動かしたい。めいっぱい羽を広げて空を飛ぶあの鳥のように。

「駄目駄目。外には白希を狙ってる悪い奴らがたくさんいるんだから!」

二階のバルコニーから外を眺めていると、ひとりの青年が眠たそうにやってきた。
朝食の準備をしてくれたみたいだけど、その前に寝癖が酷くて気になる。

「大我さん、鏡見ました? 髪が重力に逆らってますよ」
「え~。こいつ今反抗期だからなぁ」

彼はそう言って、寝ぼけ眼で後ろの跳ねた髪を触っている。可笑しくって笑ってしまった。お詫びとして、櫛を持ってくる。
「はい、これで大丈夫」
「お。サンキュ、白ちゃん」
ちゃんは余計だけど、面白い人だ。
屋内に戻るよう促され、言われるまま中に入る。
だだっ広い部屋の中央に置かれたテーブルで、簡単な食事をとる。今日は自分と、大我だけだった。

「……あぁ、あの人は今日は早出だから」
「そう……」

箸を静かに置く。お味噌汁だけは飲んだけど、あまり食欲がわかない。
味もしない。何でだろう。
大我が食事している間は食器の音がするが、それ以外は無音の空間。

嫌なことや困ったことがあるわけじゃないけど、あまりに何もない。……退屈だ。ただ眠る時間がやってくるのを待つだけ。
「じゃあ、俺は学校だから。絶対外には行かないようにね。約束だよ?」
「ええ。食器は片付けておきます。……行ってらっしゃい」
大我の背中を見送り、内側からドアの鍵を掛ける。

……これで夜までひとりか。

ため息まじりに部屋の中へ戻る。
訳が分からないまま、この家で目覚めてから三日が経った。

まず分かっているのは、自分の名前は余川白希ということ。そして、少年時代から記憶を失っているということ。

以前は何もないどん詰まりのような村で暮らしていたが、今は何故か東京にいる。そして同じ村の出身である羽澤家に助けられ、引き取られている。
実家は異質な力を厭う村人達に焼き払われ、家族全員ばらばらになったらしい。私自身は東京へひとりで逃げてきたけど、そこでも追っ手に襲われ、そのショックで記憶障害が起きたのではないか。……というのが、この家の主の見解だ。

鏡を見れば一目瞭然で、確かに酷い怪我だ。左頬の痣はまだ消えないし、手足も動かす度に痛む。ただ折れてないのは不幸中の幸いだろう。
大我達が言うには、この世界の人は全員敵、らしい。

私の力は世間には知られてはいけないものだ。両親が自分を恐れていることも分かってる。他人を信用してはいけないことは確かだ。

しかしそれはそれ。とにかく暇で仕方ない。
本日五回目のため息をつき、洗い物や掃除をした。何故か家事は身についていて、考えるより先に体が動く。屋敷では一度もやったことないのに。

鬱陶しい包帯を取り、湿布も全部剥がした。後で説教されるかもしれないけど、シャワーを浴びたい。
「ふう……」
日常動作は全て覚えている。計算や読み書きもできる。ただ、屋敷の納屋に閉じ込められた時のままだ。
あの後どうなったんだろう。普通に暮らして、大人になってから東京に出てきたんだろうか?
でもちゃんとした生活を送っていたのなら、大我のように学校や、もしくは仕事に行くはずだ。けど自分はどこにも行かず、ここに居ればいいと言われている。
居場所、というよりコミュニティがない。……きっと普通の生活を送れていなかったんだ。

酷い大人になった。子どもの頃は、もっと色んな場所に行って、色んな分野を勉強できると思ったのに。

左手が少し気になってそわそわしたり、食事の時間になると動かなきゃいけない気になったり。じっとしてろと言われたけど、とにかく落ち着かないのだ。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

早く惚れてよ、怖がりナツ

ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。 このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。 そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。 一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて… 那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。 ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩 《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

処理中です...