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頬凍つる
#1
しおりを挟む夜明け色の空に、鳥が飛び立つ。
時間が止まったみたいだ。空虚で、寂然で、平和な時間。
平和。
……平和って、何だ?
「退屈って意味だよ」
頭を撫でられ、そうか、といやに納得した。
それなら“私”は、平和が嫌いだ。退屈な時間は苦痛でしかない。
外に出たい。体を動かしたい。めいっぱい羽を広げて空を飛ぶあの鳥のように。
「駄目駄目。外には白希を狙ってる悪い奴らがたくさんいるんだから!」
二階のバルコニーから外を眺めていると、ひとりの青年が眠たそうにやってきた。
朝食の準備をしてくれたみたいだけど、その前に寝癖が酷くて気になる。
「大我さん、鏡見ました? 髪が重力に逆らってますよ」
「え~。こいつ今反抗期だからなぁ」
彼はそう言って、寝ぼけ眼で後ろの跳ねた髪を触っている。可笑しくって笑ってしまった。お詫びとして、櫛を持ってくる。
「はい、これで大丈夫」
「お。サンキュ、白ちゃん」
ちゃんは余計だけど、面白い人だ。
屋内に戻るよう促され、言われるまま中に入る。
だだっ広い部屋の中央に置かれたテーブルで、簡単な食事をとる。今日は自分と、大我だけだった。
「……あぁ、あの人は今日は早出だから」
「そう……」
箸を静かに置く。お味噌汁だけは飲んだけど、あまり食欲がわかない。
味もしない。何でだろう。
大我が食事している間は食器の音がするが、それ以外は無音の空間。
嫌なことや困ったことがあるわけじゃないけど、あまりに何もない。……退屈だ。ただ眠る時間がやってくるのを待つだけ。
「じゃあ、俺は学校だから。絶対外には行かないようにね。約束だよ?」
「ええ。食器は片付けておきます。……行ってらっしゃい」
大我の背中を見送り、内側からドアの鍵を掛ける。
……これで夜までひとりか。
ため息まじりに部屋の中へ戻る。
訳が分からないまま、この家で目覚めてから三日が経った。
まず分かっているのは、自分の名前は余川白希ということ。そして、少年時代から記憶を失っているということ。
以前は何もないどん詰まりのような村で暮らしていたが、今は何故か東京にいる。そして同じ村の出身である羽澤家に助けられ、引き取られている。
実家は異質な力を厭う村人達に焼き払われ、家族全員ばらばらになったらしい。私自身は東京へひとりで逃げてきたけど、そこでも追っ手に襲われ、そのショックで記憶障害が起きたのではないか。……というのが、この家の主の見解だ。
鏡を見れば一目瞭然で、確かに酷い怪我だ。左頬の痣はまだ消えないし、手足も動かす度に痛む。ただ折れてないのは不幸中の幸いだろう。
大我達が言うには、この世界の人は全員敵、らしい。
私の力は世間には知られてはいけないものだ。両親が自分を恐れていることも分かってる。他人を信用してはいけないことは確かだ。
しかしそれはそれ。とにかく暇で仕方ない。
本日五回目のため息をつき、洗い物や掃除をした。何故か家事は身についていて、考えるより先に体が動く。屋敷では一度もやったことないのに。
鬱陶しい包帯を取り、湿布も全部剥がした。後で説教されるかもしれないけど、シャワーを浴びたい。
「ふう……」
日常動作は全て覚えている。計算や読み書きもできる。ただ、屋敷の納屋に閉じ込められた時のままだ。
あの後どうなったんだろう。普通に暮らして、大人になってから東京に出てきたんだろうか?
でもちゃんとした生活を送っていたのなら、大我のように学校や、もしくは仕事に行くはずだ。けど自分はどこにも行かず、ここに居ればいいと言われている。
居場所、というよりコミュニティがない。……きっと普通の生活を送れていなかったんだ。
酷い大人になった。子どもの頃は、もっと色んな場所に行って、色んな分野を勉強できると思ったのに。
左手が少し気になってそわそわしたり、食事の時間になると動かなきゃいけない気になったり。じっとしてろと言われたけど、とにかく落ち着かないのだ。
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