131 / 196
硝子玉
#19
しおりを挟む宗一からもらった指輪は、既にいびつに曲がってしまっている。元通りにはできない。
「くっ……」
怖い。
自分の中に燻る、この強過ぎる怒りをどう抑え込めばいいのか。
いや、抑える必要なんてない。彼らには生半可な脅しは効かない。そんなことでは何度でも追ってくるだろう。ここで、二度と自分に会おうなんて思えないほど……痛みを与えてやれば。
……っ。
だけど、それは……それをしたら、俺は本当に彼らの思う“化け物”になる。
これ以上怒りに任せて力を使ったら、悲しむのは自分じゃない。……宗一さんだ。
「もう……どうか、許してください。お願いします……っ」
ぬかるんだ地面に両手をつき、彼らに頭を下げる。
自分が息をしていることが、彼らの平穏を脅かしていることは分かる。
それでも何度だって言う。
幸せになりたいんじゃない。宗一さんと一緒にいたいんだ。
だからどうか、俺が“生きる”ことを許してほしい。
それが叶わないなら、もう……行き着く場所はひとつだ。
「……これは仕来りなんだ。白希」
足音が近付いてくる。頭のすぐ目の前で止まった。
……終わりの音が聞こえるみたいだ。真っ暗闇に落ちる、カウントダウン。
「そんなに村に帰りたくないなら仕方ない。……ここでお別れだ」
彼がポケットからなにかを取り出した。薄暗い林の中で鋭利な何かが光った。
宗一さん……。
ごめんなさい。震える手のひらを握り締め、瞼を伏せた。
「あーあー……やり過ぎやり過ぎ。大体誰が殺せなんて言いました?」
……?
まだ若い、この場にそぐわない声が飛び込んできた。
でもこの声は聞いたことがある。頭が上げられないため姿は見えないが、ぼろぼろの記憶が鮮明になっていく。
「道源さんの指示は、あくまで白希君の保護なんですよ」
「だが……今こいつは力を乱用して」
「それは貴方達が乱暴したからでしょ。正当防衛をして当然。ていうかこれ、ほとんど力をコントロールできてんじゃないですか?」
また顔のすぐ横に靴が見えた。白いスニーカー。それにカーキのズボン。
これは……。
「予想通り、彼は道源様のところに連れてきますよ。なので今日のところは村にお帰りください」
「お前……っ」
息がしづらい。寒いのに熱い。
頭はもうまともに働いてない。それでもただひとつ、思い出していたことがあった。
────白希。もう、図書館には行っちゃいけないよ。
「まさか、白希を生かすつもりじゃないだろうな。……大我」
指先が跳ねる。信じられないし、信じたくない。でもこれが現実だ。
いつだって、優しいわけがない。罪にまみれた自分にはむしろ相応しい……。
「だから、それを決めるのは俺じゃないんですって。……ね、白希君。君の新しいご主人様のところに帰ろっか」
顎を掴まれ、無理やり顔を上げさせられる。全身が痛んで動けないけど、目だけはしっかり見開いた。
「大我さん……貴方……春日美の出身だったんですか……?」
「そう。俺は羽澤大我。改めてよろしく」
彼は子どものように邪気のない顔で笑った。
そしてぐにゃぐにゃにとけた指輪を拾い上げ、自分のポケットに仕舞った。
「ちょっとだけでも幸せな夢が見られて良かったね。これからは、もう少し現実を見てもらうよ。……俺達の家で」
ようやく繋ぎ合わせたパズルがばらばらに落ちる。
「…………っ」
息ができなくなる。喉から熱いものが溢れて、大我さんの顔も見えなくなった。
一面の闇。
あの日からずっと俺を取り巻いていた、一番の理解者。またここに戻ることになるなんて。
それならもう、……方が良かった。
11
お気に入りに追加
176
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】


【書籍化・取り下げ予定】あなたたちのことなんて知らない
gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。書籍化予定です。取り下げになります。詳しい情報は決まり次第お知らせいたします。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる