熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

文字の大きさ
上 下
130 / 196
硝子玉

#18

しおりを挟む



「やっぱり水崎の息子か。あいつの世話になってるみたいだが、心の底から信用していいのか? 最後に信頼できるのは同じ故郷に留まる人間だ。外に出て行く奴らなんて皆自分のことが一番で、簡単に他人を裏切る。お前は世間知らずだから分からないんだよ」
「……」

言い返せないんじゃない。
言い返さない。俺の言葉なんて、この人達には何も響かないだろう。

「俺を殺しに来たんですか」
「おいおい、何て物騒なことを言うんだ! 痛いことなんてする気はないよ。俺達はただお前を迎えに来ただけだ。皆待ってる、村に帰ろう?」
「も……申し訳ありませんが、お断りします。貴方達には迷惑はかけません。だからどうか、このまま静かに過ごさせてもらえませんか」

一歩後ろに引き、頭を深く下げる。
彼らの事情も分かる。それでも引けない……この願いは、手放すことはできない。

宗一さんといることが、生まれてきた意味だったんだ。
だけどやっぱり、そんな想いは彼らには届かない。
「そうしてやりたいんだけどな……力がコントロールできるようになるまで、村にいよう? 心配しなくても、俺らと羽澤様が見てやるから……」
彼の手がサコッシュの紐に触れる。しかし指先に伝わる熱に驚き、彼は後ずさった。
「熱……っ! 白希、お前……!」
「二十歳になるまでに力を支配できない人間がいたら、村に災いが訪れるそうですが……今はどうですか。何事もなく、皆さん平和に過ごしているはずです。俺は俺で、力を扱えるように訓練もしてます。これではいけませんか?」
雨が段々と強くなる。体温が奪われる寒さの中、後ろで控えていた男のひとりが殴りかかってきた。
「……っ」
何とかかわせたものの、無闇に力を使うわけにもいかない。加減を間違えたら、それこそ大怪我じゃ済まない。
かと言って抵抗せずに逃げ切ることができるか? 必死に考えながら後ずさった時、後ろに回っていた男に茂みへと突き飛ばされた。

林の中に引きずり込まれ、押し倒される。

「はっ。しかし様変わりしたな。昔は女みたいな顔した子どもだったのに」
「ふ……まぁ確かに、随分立派な恰好にはなったが。なあ白希、そんなに今の生活はイイか? ええ?」
「うあっ!」

腹の上に蹴りを落とされ、激痛に呻く。はずみに口の中を噛み、鉄の匂いが広がった。
「こっちはお前の処分にずっ……と頭を悩ませてたっていうのに。水崎家に贔屓にされたぐらいで簡単に村から出ていかれちゃあ困るんだよ。お前の後始末をこの目で見届けるまでは、俺達は安心して眠れないんだからな!」
髪を掴まれ、地面に叩きつけられる。雨と泥の匂いが混ざり合い、吐き気を覚えた。それでも何とか唇を噛み締め、膝を地面に立てる。

文樹さんに申し訳ないな。後で絶対連絡するって言ったのに。
ぼやけた視界と思考を携えたまま、頭上から降りかかる罵声を聞き届ける。力を振り絞って立ち上がろうとした時、不意に左手を掴まれた。
「おい、この指輪……まさかお前、本当に宗一と結婚したのか?」
薬指の指輪に気付かれ、狼狽える。彼らが自分と宗一さんとの関係を知らなかったことは僥倖だったが……。
「ち……違います。宗一さんは、関係ない……っ」
「ふうん? じゃあただの飾りか。チャラつきやがって」
男のひとりは鼻で笑うと、指輪を外そうとした。
「やめ……っ」
その瞬間、自分の中でなにかが砕け散った。かろうじて保っていた理性や、正義……みたいな、────なにか。

「うあああっ!」

指輪がすり抜ける。そして男の手の中に収まったが、その直後に彼は絶叫した。
「熱、い……っ!! ああ……っ!!」
「どうした!?」
片手をおさえてその場に蹲る男に、傍にいた男性が駆け寄る。彼の足元に落ちた指輪は変形していた。いや、正確に言うなら溶けていた。
指輪をとった男の手のひらは、一部分のみ真っ赤に爛れてしまっている。自分がやったのだと頭では分かっているが、だからといってどうする事もできなかった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

処理中です...