121 / 196
硝子玉
#9
しおりを挟むぽつぽつと零すと、彼は何度かまばたきした。
「酩酊したら、そうなるね。……何、恥ずかしいことをしたかったの?」
「はい……あ、宗一さんの思ってることとは違うかもしれないんですけど……」
顔が熱い。これはお酒のせいなのか、それとも……。
分からないけど、自分の部屋に戻り、またリビングに顔を出した。
ちょっとだけ足元が浮つく。でも不思議と気分が良い。
「宗一さん、少しだけ電気消してもいいですか?」
彼が頷いた為、照明を落として窓をさらに開けた。外から吹き込む風が熱冷ましにちょうどいい。
気持ちいい。
カーテンが舞い上がったのと同時に、持っていた羽織りを広げた。
「───白希」
宗一はソファから立ち上がり、息を飲む。
ここに来て初めて、白希の舞いを目にしたからだ。
夜の帳の中、月の光が紅に呼応する。静寂に溶け込む彼の動きは、いつかに見た姿と全く同じだった。
今思えば、あのとき既に心を奪われていたのかもしれない。
もうずっと昔……村の祭りの打ち合わせで、父に連れられ余川家に行ったときのこと。
退屈な会議が早く終わってほしくて、トイレに行くふりをして屋敷の中庭でぼうっとしていた。余川家の庭はよく手入れされていて、小池と周りを囲む水仙が綺麗だった。
たまに鳴くモズの声を聴きながら、縁側に戻る。その時、居間と反対側で声が聞こえた。
今日は直忠はいないはずだけど……子どもの声がする。
思わず足が進んだ。おおよその予想はついていて、こっそりと奥の広間を覗き込む。
そこにはひとりの少年がいた。舞踊の稽古中らしく、和装のまま傍にいる女性に指導をされている。相当長くやっていたのか、彼の額からは大量の汗が流れていた。それでも疲れる素振りなど微塵も見せず、むしろ涼しい顔を保っている。
凛冽なこの時期に、あそこまで汗をかくなんて。
つい、もっと間近で見たいと思ってしまった。だが稽古の邪魔をするわけにはいかないので、そっと扉の影に隠れる。
彼のことは知ってる。春日美村の伝統舞踊を教える余川家の次男。直忠の弟。
白希くん、か。
直忠とは同級生だからそれなりに話もするけど、弟は家にいる時間が多く、あまり表に出ないと有名だった。物心がつく前からそうだったから、余川夫妻が特別な育て方をしていたのは間違いない。
でも元々奇人変人が多いこの村では、特にその存在が際立つこともなかった。それよりは、力を発現した宗一の方が噂の中心にいたからだ。
これ以上村人と深い関わりを持つべきではない。そう思っていた宗一だったが、初めて見た美しい舞は目に焼き付いた。自分より歳下の少年にここまで惹かれるなんて夢にも思わなかった。
それから宗一は、余川家で行われる会合には時折参加するようになった。
11
お気に入りに追加
177
あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる