熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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硝子玉

#5

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兄さんは優しく笑い、俺の左手を見た。
「今まで我慢させてごめん。……そういえば、力の方はどうだ」
「あ、昔よりはずっと……勝手に暴走することも減りました」
宗一さんも隣にきて、笑いながら腕を組む。
「白希もここに来てから、特訓頑張ったんだよ。やっぱり、孤独な環境は逆効果だったようだ」
「そう……だよな」
直忠はもう一度、申し訳なさそうに俯いた。
だがハッとして、靴を履く。後をつけられてるわけではないが、ここに長居すると自分達に迷惑をかけてしまうと話した。

「村の奴らがこっちにも来てること、知ってるだろ? くれぐれも気をつけてくれ、宗一」
「ああ、……君もね」

宗一さんは真剣な表情で頷いた。
でもあることに気が付き、思わず前に出る。
「あ、兄さん……警察には連絡したんですか?」
現状、彼らは行方不明扱いのはずだ。俺もしばらく警察から何の連絡もないから失念しかけていた。
すると彼は思い出したように、首を横に振る。
「すまない、それも隠していたな。実は今は行方不明じゃないんだ。捜索はされてないよ」
「え? どうして」
「あの後すぐに不受理届を出したから。村の人間に居場所が分からないようにお願いしたんだよ」
そうか。
事情があって誰かから逃げ隠れないといけないとき、不受理届を提出すれば警察の捜査を断ち切ることができる。でも、

「宗一さんは知ってたんですよね?」
「う、うん」

火事の後の落ち着きよう、段取りの速さ。間違いなく、宗一さんは全部知っていたんだ。兄さんと話し合って、全て見越していた。
教えてくれたら良かったのに、とは言えない。俺が知ったところで彼らの負担がなにか減ったとは思えないし、────全部俺の為にやってくれたことだから。

「白希、怒ってる?」
「お、怒ってませんよ」

宗一さんが不安げに顔を覗きこんできたので、慌てて手をかざした。
「何となく、皆無事だって気がしてたんです。その予想は当たりました」
「ふふ、そういえば言ってたね。私も、実は見抜かれてるんじゃないかと思って少し焦ったよ」
彼は口元を押さえ、上品に笑った。
その様子を見て、兄さんはホッとしたように肩の力を抜く。

「……落ち着いたら、また連絡する。気をつけてな」
「兄さん……も、気をつけて」

家の前まで出て、彼を見送る。するとまた頭を撫でられた。彼は懐かしそうに目を細めた。
「……大きくなったな」
「……!」
大きな手のひらが離れていく。時間が止まったみたいに、彼が立ち去った後もしばらくその場に留まっていた。

家族。

それが全てではないし、家族だからこそ、胸が張り裂けそうな痛みを伴うことがある。
それでも俺は、何も後悔はしてない。

「白希。そろそろ戻ろう」
「……はい」

宗一さんの手を握り、顔を隠すように俯いた。





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