熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

文字の大きさ
上 下
116 / 196
硝子玉

#4

しおりを挟む




「……っ」

直忠は驚いていた。
これがなにかの演技でもいい。……例えそうだとしても、彼がこんなにも真っ直ぐ、臆せず振る舞えることに安堵している。

「お世辞なんかじゃないと思うよ」

宗一の言葉に、直忠は息を飲んだ。
「白希は優しい。それに、私達が思ってる以上に強いから」
人は変わっていく。それがどれだけちっぽけな変化だとしても。
彼はもう、誰かに守られるだけの存在じゃない。そう易しく教えてくれているようだった。

「白希……ごめん。ごめんな……」
「あ、謝らないでください。俺は、兄さんが無事ならそれでいいんです」

兄もやはり、閉鎖的な環境に生まれて育った。長男であることから両親の期待を背負い、皆の力になれるよう行政保健師になった。
勉強が苦手な自分と違い、優秀で、努力家で……もう充分、あの村に捧げてきたと思う。
これからは自由、自分の為に生きてほしい。

「ありがとう。……俺達に関しては、一家離散が一番良い選択だったな」

直忠は立ち上がり、背もたれにかけていたコートを羽織った。
「もう行くのか。今夜ぐらい泊まっていけばいい」
「いや、両親が心配だから行くよ。今は親戚の家に世話になってるんだ。またいずれ引っ越すと思うけど」
白希も慌てて立ち上がり、直忠の傍に駆け寄る。
「父さんと母さん、どこか悪いんですか?」
「いいや、大丈夫だ。どちからと言えば、お前に対する罪悪感でまいってる。……とは言え合わす顔もない、というのが実情だ」
小さなため息の後、直忠は振り返った。

「全員で村から出られたけど……お前を危ない目に合わせたことは事実だ。協力してくれる宗一がいたからできたことでもある」
確かに、今回のことは水崎家の支援があってことだ。宗一さんとの関係がなければ、俺はまだあの家の中にいた。

「父さんと母さんはお前の誕生日が近付くにつれ冷静さを失っていったからな。……お前が誰かに襲われるんじゃないかって……身勝手だけど、お前が心配だったのは本当なんだ」
「……」

いつだって思い出すのは、無表情な両親の姿。
それでも、家族の縁は確かに続いている。

「白希。……いつか、父さん達にまた会ってくれるか?」

無理にとは言わないからと直忠は零した。それに答えるのに、そう時間はかからなかった。

「もちろん。元気そうな顔を見て……それからちゃんと、結婚のご報告がしたいです」

迷いなく告げ、微笑む。
直忠は目を見張り、それから静かに頷いた。
「宗一。本当にありがとう」
「私は何もしてないよ。白希を迎えに行ったのは私の意志だ」
「はは。……それじゃ、弟を頼む。あと本当に少しだけど、迷惑料を振り込んどいた」
彼は眼鏡をかけ直し、玄関へ向かう。白希は宗一と一緒に彼の後を追った。

「そんなの気にしなくていい。余川さん達もまだ休んでた方がいいし、大変だろう? むしろ困ったことがあればすぐに連絡してくれ。……もう、今は義理の家族になるんだし」
「そうか、そうだったな。でも大丈夫だよ。二人のことぐらい、俺に任せてくれ。白希に何もしてやれなかった分、後は俺が回していく。手伝いの人もいるし、村とも縁が切れたし、今度は遠い所でのんびり暮らすさ」

宗一さんと兄は、彼らにしか分からない関係を築いているようだ。
改めて彼らに感謝する。今回のことは全て、俺がきっかけで起きたことだからだ。
俺のせいで、結果的に家族は村を出ることになった。
「兄さん。ごめんなさい……」
かつては村を先導した余川家と水崎家が離れることになり、村では新たな大家がまとめ役を買って出ているはず。
俺の責任と重さは計り知れない。
暗い気持ちで俯いていると、不意に頭を撫でられた。

「お前はあんな場所にいたら駄目だ。これで良いんだよ」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【書籍化・取り下げ予定】あなたたちのことなんて知らない

gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。書籍化予定です。取り下げになります。詳しい情報は決まり次第お知らせいたします。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...