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硝子玉
#4
しおりを挟む「……っ」
直忠は驚いていた。
これがなにかの演技でもいい。……例えそうだとしても、彼がこんなにも真っ直ぐ、臆せず振る舞えることに安堵している。
「お世辞なんかじゃないと思うよ」
宗一の言葉に、直忠は息を飲んだ。
「白希は優しい。それに、私達が思ってる以上に強いから」
人は変わっていく。それがどれだけちっぽけな変化だとしても。
彼はもう、誰かに守られるだけの存在じゃない。そう易しく教えてくれているようだった。
「白希……ごめん。ごめんな……」
「あ、謝らないでください。俺は、兄さんが無事ならそれでいいんです」
兄もやはり、閉鎖的な環境に生まれて育った。長男であることから両親の期待を背負い、皆の力になれるよう行政保健師になった。
勉強が苦手な自分と違い、優秀で、努力家で……もう充分、あの村に捧げてきたと思う。
これからは自由、自分の為に生きてほしい。
「ありがとう。……俺達に関しては、一家離散が一番良い選択だったな」
直忠は立ち上がり、背もたれにかけていたコートを羽織った。
「もう行くのか。今夜ぐらい泊まっていけばいい」
「いや、両親が心配だから行くよ。今は親戚の家に世話になってるんだ。またいずれ引っ越すと思うけど」
白希も慌てて立ち上がり、直忠の傍に駆け寄る。
「父さんと母さん、どこか悪いんですか?」
「いいや、大丈夫だ。どちからと言えば、お前に対する罪悪感でまいってる。……とは言え合わす顔もない、というのが実情だ」
小さなため息の後、直忠は振り返った。
「全員で村から出られたけど……お前を危ない目に合わせたことは事実だ。協力してくれる宗一がいたからできたことでもある」
確かに、今回のことは水崎家の支援があってことだ。宗一さんとの関係がなければ、俺はまだあの家の中にいた。
「父さんと母さんはお前の誕生日が近付くにつれ冷静さを失っていったからな。……お前が誰かに襲われるんじゃないかって……身勝手だけど、お前が心配だったのは本当なんだ」
「……」
いつだって思い出すのは、無表情な両親の姿。
それでも、家族の縁は確かに続いている。
「白希。……いつか、父さん達にまた会ってくれるか?」
無理にとは言わないからと直忠は零した。それに答えるのに、そう時間はかからなかった。
「もちろん。元気そうな顔を見て……それからちゃんと、結婚のご報告がしたいです」
迷いなく告げ、微笑む。
直忠は目を見張り、それから静かに頷いた。
「宗一。本当にありがとう」
「私は何もしてないよ。白希を迎えに行ったのは私の意志だ」
「はは。……それじゃ、弟を頼む。あと本当に少しだけど、迷惑料を振り込んどいた」
彼は眼鏡をかけ直し、玄関へ向かう。白希は宗一と一緒に彼の後を追った。
「そんなの気にしなくていい。余川さん達もまだ休んでた方がいいし、大変だろう? むしろ困ったことがあればすぐに連絡してくれ。……もう、今は義理の家族になるんだし」
「そうか、そうだったな。でも大丈夫だよ。二人のことぐらい、俺に任せてくれ。白希に何もしてやれなかった分、後は俺が回していく。手伝いの人もいるし、村とも縁が切れたし、今度は遠い所でのんびり暮らすさ」
宗一さんと兄は、彼らにしか分からない関係を築いているようだ。
改めて彼らに感謝する。今回のことは全て、俺がきっかけで起きたことだからだ。
俺のせいで、結果的に家族は村を出ることになった。
「兄さん。ごめんなさい……」
かつては村を先導した余川家と水崎家が離れることになり、村では新たな大家がまとめ役を買って出ているはず。
俺の責任と重さは計り知れない。
暗い気持ちで俯いていると、不意に頭を撫でられた。
「お前はあんな場所にいたら駄目だ。これで良いんだよ」
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