熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

文字の大きさ
上 下
115 / 196
硝子玉

#3

しおりを挟む


情けないけど、途切れ途切れにお礼を言った。
無言で見つめ合い、長い時間を埋めるように互いの姿を目に焼きつける。
白希にとっても、兄は遠い存在となっていた。宗一とは旧友のような関係のはずだが、数年単位の再会には見えない。恐らく、もっと直近に会っている。
その想像は当たって、直忠はゆっくりと言葉を紡いだ。
「宗一となら安心だ。そしてごめんな、白希。家を焼き払ったのは俺の案なんだ」
「え」
どういうことかと、体が固まる。驚いて続きを待つと、彼は苦しそうに話し始めた。
「家にあるものを全て燃やして、家族皆で姿を消せば、村の奴らも追うのは諦めてくれると思ったんだ。……お前のことは宗一に頼んで、助けてもらった。お前達が文通をしてたことは知ってたから」
「そう……。私もずっと白希に会うタイミングについて考えてたんだ。でも余川さんや周りの反発があって会えずにいた。そんなとき、直忠から連絡があってね」

助けてほしい、と。
白希が二十歳を迎え、力を制御できていないことから、村の中で彼を処分しようという声が上がっている。
「もちろん一部の過激な奴らだけだが……これ以上あの家でお前を匿うのは危険だと思った。何も説明せずに怖い思いをさせて、本当に済まない」
直忠は深く頭を下げた。

「今までずっと父さんに従って、お前に会うこともしなかった。結果ずっとあの屋敷に閉じ込めて、力を安定させる機会を奪ってしまった」

そうは言うけど、恐らく兄も被害者だ。
村の中の同調圧力に押され、自分の意思を発信する機会なんて与えられなかった。昔の厳格な父に逆らうことなんてできないし、異質な力を持った弟と距離をおくよう言われたら、誰だってそうするだろう。

「俺は大丈夫です。でも宗一さんは全部知ってたんですか? 俺を助けに来てくれたときには、全て……」
「大まかに、だけどね。あの日の前日、直忠から至急村に来てほしいと言われて……私も君の身に危険が及ぶことは避けたくて、敢行は止めなかった」

とは言え、やっぱり火事を起こすのはやり過ぎだけど、と付け足した。
「いくら私が家の前で待機していたとは言え、白希が自分で出てこなかったら煙を吸って危なかったし」
「そ、そうだな。本当にすまない。白希」
ただ、お前が憎くてやったんじゃない。それだけは本当だ。
直忠は拳を握り、再び俯いてそう告げた。
「俺はもちろん、父さんも母さんもおかしくなっていた。お前を人前から隠すことで、現実から目を背けて……お前を守ってるような気になってたんだ。実際はその真逆のことをしていたのに」
思春期を迎えた白希の力は、時に酷い暴走を起こした。家の中にあるものが高温に変わり、危うく怪我をしそうになったこともある。見兼ねた父が、暗く狭い蔵に彼を閉じ込めたことが発端だ。

心が動くものが何もない場所なら、感情が高ぶることもない。力の暴走を止める為なら一理あるが、それはひとりの人間の心を殺すような選択だ。
白希は周りに危害を加えるような暴走はしなくなったものの、代わりに彼自身に力が働くようになった。手足に火傷や凍傷を負うこともあったと言う。全て母から聞いた話だが、だからといって解決策も生み出せなかった。

最低最悪な兄だと、自分で思う。二十歳になるまでに彼が力を制御できると信じて、知らないふりをしてきた。
こんなの家族とは言えない。……言う資格はない。

唯一の救いは、水崎家の跡取りである宗一が白希を気にかけてくれていたことだ。他に助けを求められる相手がいない直忠にとって、旧友の宗一が最後の希望だった。

自分ひとりの力では何も成し得なかったことを強く恥じ、悔いている。  

「白希。お前は、俺を憎むのが当然だ」

どんな目に合ってもいい。こうして再会して、元気に暮らしていると分かっただけで充分だから。
自分にできる償いは、まず罰を受けること。見て見ぬふりをして、現実から目を逸らし続けてきたこと。
幼い弟が苦しんでいるのに、助けてやれなかったことだ。

「……宗一さんにも言ったことで」

白希は徐に立ち上がり、直忠が座るソファの前まで歩いた。床に膝をつき、俯く彼の顔を見上げる。

「俺は、誰も憎んでません」

伸ばした手は遠慮がちに宙に浮いていたが、やがてそっと直忠の手の上に置かれた。

「全部、力を持って生まれたことが原因だと思ってます。力を使いこなせなかったことが第二の原因。捨てられなかったことを感謝してるぐらいです。だって、結果的に生きてるし……今の俺は、本当に幸せだから」





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【書籍化・取り下げ予定】あなたたちのことなんて知らない

gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。書籍化予定です。取り下げになります。詳しい情報は決まり次第お知らせいたします。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

処理中です...