熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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硝子玉

#3

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情けないけど、途切れ途切れにお礼を言った。
無言で見つめ合い、長い時間を埋めるように互いの姿を目に焼きつける。
白希にとっても、兄は遠い存在となっていた。宗一とは旧友のような関係のはずだが、数年単位の再会には見えない。恐らく、もっと直近に会っている。
その想像は当たって、直忠はゆっくりと言葉を紡いだ。
「宗一となら安心だ。そしてごめんな、白希。家を焼き払ったのは俺の案なんだ」
「え」
どういうことかと、体が固まる。驚いて続きを待つと、彼は苦しそうに話し始めた。
「家にあるものを全て燃やして、家族皆で姿を消せば、村の奴らも追うのは諦めてくれると思ったんだ。……お前のことは宗一に頼んで、助けてもらった。お前達が文通をしてたことは知ってたから」
「そう……。私もずっと白希に会うタイミングについて考えてたんだ。でも余川さんや周りの反発があって会えずにいた。そんなとき、直忠から連絡があってね」

助けてほしい、と。
白希が二十歳を迎え、力を制御できていないことから、村の中で彼を処分しようという声が上がっている。
「もちろん一部の過激な奴らだけだが……これ以上あの家でお前を匿うのは危険だと思った。何も説明せずに怖い思いをさせて、本当に済まない」
直忠は深く頭を下げた。

「今までずっと父さんに従って、お前に会うこともしなかった。結果ずっとあの屋敷に閉じ込めて、力を安定させる機会を奪ってしまった」

そうは言うけど、恐らく兄も被害者だ。
村の中の同調圧力に押され、自分の意思を発信する機会なんて与えられなかった。昔の厳格な父に逆らうことなんてできないし、異質な力を持った弟と距離をおくよう言われたら、誰だってそうするだろう。

「俺は大丈夫です。でも宗一さんは全部知ってたんですか? 俺を助けに来てくれたときには、全て……」
「大まかに、だけどね。あの日の前日、直忠から至急村に来てほしいと言われて……私も君の身に危険が及ぶことは避けたくて、敢行は止めなかった」

とは言え、やっぱり火事を起こすのはやり過ぎだけど、と付け足した。
「いくら私が家の前で待機していたとは言え、白希が自分で出てこなかったら煙を吸って危なかったし」
「そ、そうだな。本当にすまない。白希」
ただ、お前が憎くてやったんじゃない。それだけは本当だ。
直忠は拳を握り、再び俯いてそう告げた。
「俺はもちろん、父さんも母さんもおかしくなっていた。お前を人前から隠すことで、現実から目を背けて……お前を守ってるような気になってたんだ。実際はその真逆のことをしていたのに」
思春期を迎えた白希の力は、時に酷い暴走を起こした。家の中にあるものが高温に変わり、危うく怪我をしそうになったこともある。見兼ねた父が、暗く狭い蔵に彼を閉じ込めたことが発端だ。

心が動くものが何もない場所なら、感情が高ぶることもない。力の暴走を止める為なら一理あるが、それはひとりの人間の心を殺すような選択だ。
白希は周りに危害を加えるような暴走はしなくなったものの、代わりに彼自身に力が働くようになった。手足に火傷や凍傷を負うこともあったと言う。全て母から聞いた話だが、だからといって解決策も生み出せなかった。

最低最悪な兄だと、自分で思う。二十歳になるまでに彼が力を制御できると信じて、知らないふりをしてきた。
こんなの家族とは言えない。……言う資格はない。

唯一の救いは、水崎家の跡取りである宗一が白希を気にかけてくれていたことだ。他に助けを求められる相手がいない直忠にとって、旧友の宗一が最後の希望だった。

自分ひとりの力では何も成し得なかったことを強く恥じ、悔いている。  

「白希。お前は、俺を憎むのが当然だ」

どんな目に合ってもいい。こうして再会して、元気に暮らしていると分かっただけで充分だから。
自分にできる償いは、まず罰を受けること。見て見ぬふりをして、現実から目を逸らし続けてきたこと。
幼い弟が苦しんでいるのに、助けてやれなかったことだ。

「……宗一さんにも言ったことで」

白希は徐に立ち上がり、直忠が座るソファの前まで歩いた。床に膝をつき、俯く彼の顔を見上げる。

「俺は、誰も憎んでません」

伸ばした手は遠慮がちに宙に浮いていたが、やがてそっと直忠の手の上に置かれた。

「全部、力を持って生まれたことが原因だと思ってます。力を使いこなせなかったことが第二の原因。捨てられなかったことを感謝してるぐらいです。だって、結果的に生きてるし……今の俺は、本当に幸せだから」





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