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夫婦の契り
#20
しおりを挟む紙のにおいって独特だ。
積み重ねた便箋も、一番下と一番上の紙ではにおいが全く違う。上に行くほどより“外”のにおいが強く、……彼のにおいがする。
新鮮だったな。今思うと、ちょっと変質者っぽい気付きだったけど。
「……」
ベッドに仰向けで寝ながら、静かに息をもらす。
白希は大きな瞳で薄暗い天井を見つめていた。
外の生活に慣れてきても、暗い場所にいるといつだって昔のことを思い出す。何せ人生の半分、六畳ほどの納屋と屋根裏で過ごしたのだから。
家族の顔より見ていたのは薄汚れた壁と天井。そして床、だろうか。人の声や足音が聞こえるとどきどきして、聞こえなくなると途端に寂しい。
ただ生きてるだけなら感情なんてなければよかった。無駄に考え続ける、この思考こそ地獄だ。
人は皆、頭の中でもがき苦しむ。力の有無は関係ない。
「白希、起きてたの?」
「あっ」
声と共に、部屋の照明が点いた。部屋の全貌があらわになる。体を起こすと、バスローブ姿の宗一がドアの前に立っていた。
「目が覚めちゃいました」
半裸状態なので、下半身はシーツで隠す。
昨夜は随分盛り上がって、また中途半端な時間に目が覚めたようだ。時間は午前三時。二度寝できそうだが、白希は起き上がってシャツを着た。
「水飲みな」
「ありがとうございます」
ミネラルウォーターを受け取り、水分補給する。冷たい水が胃の中に流れていく感覚は、生きてることを実感する。当たり前のことなのに、体が水を求めていたのだと分かる。
昔は喉が渇いても、それを伝える気力もなかった。
「もう一回寝よっか」
宗一さんが隣にやってきて、横になる。頷いて一緒に寝ようとしたけど、あることを思い出した。一度自室に戻り、また彼の部屋に戻る。
「宗一さん、これ……良ければ使ってください」
「お。これは……」
持ってきたのは、昨日書店で買ったダイアリー帳。渡しておきながら、不安のあまりごにょごにょと言い訳をしてしまう。
「こ、好みじゃなかったら無理しないでください! 毎日書くのも大変だし、無理して書く必要はありませんから……!」
「いやいや、日記帳だよね? 嬉しいよ! 買おうと思ってたんだ」
宗一さんは起き上がり、ダイアリー帳をめくって中に目を通していた。
「これは使いやすそうだ。ありがとう、白希」
「大丈夫ですか……? 俺は宗一さんみたいに、すごく良いものは買えないから」
「ふふ。昨日雅冬に怒られたばかりだけど、物の価値はお金じゃないよ。私もそう思う」
優しく頬を撫でられる。彼はダイアリー帳を持ったまま、俺を抱き締めた。
「これで、君の可愛かった出来事を記録できるわけだ」
「そんなのありませんし、書かなくていいですよっ」
恥ずかしくて顔が熱くなる。でも宗一さんは真面目に取り合わず、楽しそうに笑った。
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