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夫婦の契り
#14
しおりを挟む「白希! この前はマジでごめん!!」
翌週の出勤日、文樹さんは開口一番申し訳なさそうに両手を合わせた。シフトが中々被らない為飲み会から日が空いてしまったが、元気そうな彼を見てほっとする。
「俺居酒屋出てから記憶があんまりなくてさ……もしかして、お前に何かした?」
「いいえ、何も。どうしてですか?」
「いや、何か大我にめちゃくちゃしぼられたからさ……」
彼はバツが悪そうに頭をかいた。大我さんと何処で会ったのかも覚えていないようだったので、順を追って説明する。
「本当は俺が文樹さんを家まで送ろうと思ったんですけど、大我さんが代わりに引き受けてくださったんですよ。帰ってから連絡もきたので、安心しました」
「へー、あいつが連絡先教えたの。意外」
「意外なんですか?」
「いや、あいつああ見えてガード固いっていうか……警戒心強くて、大学の奴らにも絶対連絡先教えないからさ」
それは、こちらとしても意外だ。社交的で、自分からぐいぐいいきそうに見えるのに。
「まぁ、白希ってゆるキャラだからな。あいつも多分、静かなタイプが好きなんだよ。普段は陽キャぶってるだけで」
ゆるキャラとか陽キャとか、不思議な単語がたくさん出てきたけど、とりあえず頷いた。
「で、次の日俺はあいつに怒られたわけよ。白希君に迷惑かけるな! って。二日酔いでまだ絶不調のときに」
「そうだったんですか……俺は全然迷惑じゃないのに、申し訳ないことをしてしまいましたね……」
文樹さんのエプロンの紐が解けていた為、さりげなく後ろに回って結び直す。すると代わりに頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。
「んーん。俺は反省してる。ごめん」
「そんな、大したことありませんよ。無事に帰れて本当に良かったです」
笑って返すと、彼は少しむくれながら丸椅子に座った。
「……本当は俺がお前を家まで送ろうと思ったんだよ。お前電車よく乗り間違えるし、なにかと危ないから」
そう言われて、ようやく彼の気持ちに気付いた。負い目を感じているのは自分が泥酔したことじゃなくて、……俺のことが心配だったのだと。
「同い年なのに……いつもご心配をおかけして、本当にごめんなさい」
でも、嬉しい。バカ正直にそう零した。
「俺、文樹さんに会えて良かったです。文樹さんがいなかったらこうして働けてないし、家にひきこもってたと思います。友達で、先輩で、先生みたいな存在です」
「先生て」
文樹さんは可笑しそうに肩を揺らした。でもすぐに口端を引き結び、勢いよく立ち上がる。
「結婚に関しちゃお前の方が先輩だけど。分かんないことがあったら何でも聞けよ。俺が教えてやる」
「はい。ありがとうございます!」
本当に、俺は人に恵まれている。
こんなに優しい人と出会えたことに感謝しなくちゃ。
更衣室に入って業務開始まで雑談をしてると、境江さんがやってきた。
「おー、文樹。来月のシフト表、何点か変更あるから確認しといてな」
「はーい。お?」
シフト表を渡された文樹さんは、紙を自身の顔すれすれまで近付ける。目は悪くないはずなのに、どうしたんだろう。
心配してると、突然背中を叩かれた。
「白希! お前苗字変わってるじゃん!」
「あ、そうなんです。お伝えするのが遅れてすみません」
名義を変更したものの、店長に伝えるのも遅れてしまった。でも新しいシフトからは、晴れて苗字は“水崎”となる。
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「あはは、そうかもしれません」
か行が二回くると、はきはき喋らなきゃいけない気になる。あくまで勝手なイメージだけど、電話の際は意識しようと思った。
「でも白希君の印象は変わらないよ。爽やかな感じじゃん?」
「まぁ、そッスね。俺白希の旦那さんに会ってみたいな~」
「本当ですか!? 宗一さんも喜ぶと思います! 話してみますね!」
にっこり微笑むと、彼らは眩しそうに顔を手で覆った。
「やばい……白希君から幸せオーラが溢れ出てる」
「俺も。何か後光がさして見えます」
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