熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

文字の大きさ
上 下
104 / 196
夫婦の契り

#12

しおりを挟む



時間は緩やかに流れる。心配事や気になることは山ほどあるけど、今は初めてのバイトに神経を注いで、少しでも社会を知ろうと必死だった。
文樹さんとはバイトを介しながら、同い年の友人として何度も遊んだ。時々大学の友人や、女の子を誘ってくるから緊張したけど、これも“人付き合い”の勉強だと言われ、その都度頷いていた。

「何っ……百回も言ってるけど、堂々としてみ? この世界は俺の為にある! 俺に楯突く奴はひとり残らず地獄に落とす! ……ぐらいに思えば、怖いもんなんてなくなるんだよ」
「じ、地獄はさすがにまずいですよ……」

ある日の夕方、バイトが終わった白希は文樹と一緒に近くの居酒屋にいた。
バイトの青年の送別会として店長の境江が手配したのだが、肝心の青年は一杯で満足し、早々に帰ってしまった。原因は、少し心当たりがある。
「まぁまぁ、白希はこの控えめなところが良いんじゃないの。ぶっちゃけお前みたいに生意気だったら採用してないよ!」
「あ! 今のは問題発言じゃないですか!? くっそ録音しとけば良かった!」
「お二人とも、ちょっと声大きいですよ……もう少し控えましょ」
困ったことに、文樹さんと境江さんはお酒が入るとかなり騒がしくなるタイプだった。他にも二人社員の方がいたんだけど、「白希くん後はよろしく」と言ってそそくさと帰ってしまった。

周りの席のグループもわりと騒ぐ人達みたいで、ここだけが浮かないのが救いだ。店員さんにお水を頼み、二人に飲むよう促す。
ところが、普段の鬱憤が溜まってるらしい彼らは次のお酒を注文してしまう。

「白希は素直だし、本当に良い子だよ。……はぁ、こんなウブっぽい子が旦那さんと毎晩過ごしてんのかと思うと、何かちょっと複雑な気持ちになる」
「うっわ。今度はセクハラ発言ですか。怖すぎるから俺も白希も来月辞めます」
「冗談だってぇ……うぅ……っ」

境江さんは嗚咽して、テーブルに突っ伏してしまった。どうも先月長年付き合った彼女さんと別れたらしく、傷がまだ癒えてないのだろう。
「さっきの発言はガチめに引いた。見ろよ、鳥肌立ってる」
袖をめくって話す文樹さんに、「まぁまぁ」としか言えない。何かもう色々カオスだ。

「境江さんもこの様子ですし、もうお開きにしましょうか?」
「お~、そうだな……。つうか白希、お前まだ一杯も飲んでないじゃん。マジでいいの? ま、会計は店長が持ってくれるだろうけど」
「大丈夫です。宗一さんにお酒はまだ飲まないように言われてるので」
「いやー、愛されてんなぁ。じゃ、そろそろ行くか」

お金を出そうとしたものの境江さんに財布ごと押し返されて店を出た。正直ひとりで帰れるのか心配になったけど、文樹さんは大丈夫だろと言い、俺の腕を引っ張っていった。
地下鉄のホームに降り、ちょっとフラフラしてる文樹さんの腕を支える。
「うぇ……やばい、気持ち悪くなってきた」
「え! 大丈夫ですか!? トイレ行きます!?」
トイレはエスカレーターに乗って上に戻らないとなかった気がする。もしここで文樹さんが注目を浴びるようなことになったら、祖母のきみ子さんに申し訳が立たない。
彼の肩を押さえてどうしようか迷ってると、真後ろから高い声が聞こえた。

「あれ、文樹?」
「ん……大我」

顔を上げた文樹さんは、虚ろな瞳で呟いた。
知り合いだろうか。振り返って確認すると、そこにいたのは以前図書館のカフェで話した青年だった。
「あっ! あの時の……」
店員さん。
コーヒーを床にぶちまけてしまった時の記憶が蘇り、一気に青くなる。彼はカフェにいた時より派手な格好で、不思議そうに首を傾げた。

「余川白希……」
「え?」

自分の名を呼ばれ、思わず後ずさる。
彼とは本当に少し話しただけだ。
何で俺の名前を……。警戒をあらわにしていると、文樹さんが顔を上げた。

「あれ、何で白希のこと知ってんの」
「ん? ……前に何か話してたじゃん。女の子みたいに可愛い男の子って、この子のことじゃないの?」
「あー……大我に話したっけ……? ごめん、白希。こいつ俺の……大学の友達」

文樹さんは頭が痛そうに首を捻っている。正直、彼は今酩酊しているから……話に齟齬が生じても気付かないかもしれない。
友人に話すとしても、フルネームで話すだろうか。そしてそれを覚えてたりするだろうか。

微かな違和感が重なりつつも、彼のひと言でそれらの思考は掻き消されてしまった。

「ていうか、何してんの? こんな所で抱き合って……お前らめちゃくちゃ見られてるぞ」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

処理中です...