熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

文字の大きさ
上 下
98 / 196
夫婦の契り

#6

しおりを挟む


「緊張した?」
「ええ、さすがに。でも無事に受け取ってもらえて良かったです。俺は学がないから、難しいことは全然分からないので」
「それは関係ないっしょ。勉強できんのと、人間的に賢いかどうかは別モンだからさ」

文樹さんはポケットに手を入れ、淡々と答えた。彼は同い年だけど物事を達観していて、人生経験が豊富そうだ。彼から学ぶことはたくさんありそう……。

「それに白希って、何かすごい大事に育てられてそうだし。多少天然でも周りは許してくれるって」
「……」

大事に育てられて……。
思ってもなかったことを言われ、すぐには答えられなかった。
確かに、そう思われるような見た目と中身をしてる。頼りなくて常に自信なさげで、世間知らず。
納屋に入れられていたのも、別の視点から見れば匿われていたようなものだ。

俺は家族から守られていた……?
深い底なし沼のような思考に落ちていた時、急に頬をつつかれた。
「どした、ぼーっとして。転ぶなよ?」
「は、はい。すみません」
「いいけど……そういえば何で敬語? タメなんだし、普通に喋れば」
「はぁ。……すみません、癖みたいなもので」
不安にさせない程度に、身の上のことを話した。仕来りに厳しい家だった為どうしても所作を気にしてしまうこと。新しいものを避ける村だった為、最新のものにはとことん疎いこと。

宗一さんとは、同じ村の出身で知り合いだった為、何度も会ううちに恋仲になった、ということにした。
「へ~。それで、村から飛び出してきたんだ。すご、何かドラマみたい」
「何もすごくないですよ。俺は何もしてませんし……助けてもらってばかりなので、彼には恩返しもしたいんです」
微笑んで返すと、彼は少し目を丸くし、それから首を傾げた。

「やっぱり、お前ってちょっと変わってるな。あ、褒めてんだよ。なんつうか、あまりいないタイプ」
「で、ですよね。俺もそう思います」

頷いていると、今度は額をぐりぐり押された。
「だからさ、もっと堂々としろよ。謙虚が服着て歩いてるみたい。お前の人生なんだから、俺ってすごいだろ、ぐらいに思っていーんだよ」
「ええっ。それは難しいです。俺は得意なことなんて何もないし」
「高収入の旦那手に入れてる時点で勝ち組だよ! 俺なんてこれから就活しなきゃいけないんだぜ?」
カフェで大きなフラペチーノを買い、二人で街中を歩いた。
彼の話を聴いていて思ったのは、大学生は本当に大変なんだということ。行ってないからちゃんとは想像できないけど、課題にバイトにサークルもやってると、寝る時間なんてほとんどないという。

「何もお力になれず心苦しいんですけど、寝てくださいね。睡眠不足は体と心に大きな不調をきたします。俺も毎日死にたいと思ってたんですけど、寝る時間だけはたくさんあったから今日まで生き永らえることができたんです」
「お、おう、ありがと。何かお前も大変なんだな……」

その後は初めてのゲーセンやボウリングに連れて行ってもらった。正直全て惨敗というか、何一つちゃんとできなかったけど、文樹さんは優しく笑ってくれた。
「マジでこういうの初めてなんだ? 何か逆に教え甲斐があっていいよ。次はカラオケ行こ! おすすめの歌教えてやるから」
「わ、わあ……ありがとうございます」
同年代の体力についてけない。服を見たり、アクセサリーを見たりもしたけど、とにかく移動が大変だ。
でもこれが文樹さんのストレス発散にも繋がるなら良いか……。

カラオケではとにかく聞き手に徹し、タンバリンとマラカスでリズムをとった。
「……思ったんだけど、歌聞かないわりにリズム感良いじゃん」
「あ、琴とお囃子の篠笛はちょっとやっていましたので……」
「ほ~……。そうだ、じゃあ最後にもう一個行こう!」
ひええ。まだ行くのか。
でも楽しそうな彼にノーと言う気にもなれず、産まれたての小鹿のような足取りでついていった。
連れられたのは、駅から五分ほどの商業ビル。そこの五階に、何とも魅力的なお店が入っていた。
「俺のバイト先。どう? 和楽器と違うけど、面白そうなのいっぱいあるだろ?」
「うわああ……はい! すごい……!」
入り口からたくさんの電子ピアノが並んでいる。アコギやエレキギターが壁にディスプレイされ、ショーケースには美しい管楽器が飾られていた。
楽器屋というのは初めて来たけど、興奮間違いなしの素晴らしい世界だった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

処理中です...