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夫婦の契り
#6
しおりを挟む「緊張した?」
「ええ、さすがに。でも無事に受け取ってもらえて良かったです。俺は学がないから、難しいことは全然分からないので」
「それは関係ないっしょ。勉強できんのと、人間的に賢いかどうかは別モンだからさ」
文樹さんはポケットに手を入れ、淡々と答えた。彼は同い年だけど物事を達観していて、人生経験が豊富そうだ。彼から学ぶことはたくさんありそう……。
「それに白希って、何かすごい大事に育てられてそうだし。多少天然でも周りは許してくれるって」
「……」
大事に育てられて……。
思ってもなかったことを言われ、すぐには答えられなかった。
確かに、そう思われるような見た目と中身をしてる。頼りなくて常に自信なさげで、世間知らず。
納屋に入れられていたのも、別の視点から見れば匿われていたようなものだ。
俺は家族から守られていた……?
深い底なし沼のような思考に落ちていた時、急に頬をつつかれた。
「どした、ぼーっとして。転ぶなよ?」
「は、はい。すみません」
「いいけど……そういえば何で敬語? タメなんだし、普通に喋れば」
「はぁ。……すみません、癖みたいなもので」
不安にさせない程度に、身の上のことを話した。仕来りに厳しい家だった為どうしても所作を気にしてしまうこと。新しいものを避ける村だった為、最新のものにはとことん疎いこと。
宗一さんとは、同じ村の出身で知り合いだった為、何度も会ううちに恋仲になった、ということにした。
「へ~。それで、村から飛び出してきたんだ。すご、何かドラマみたい」
「何もすごくないですよ。俺は何もしてませんし……助けてもらってばかりなので、彼には恩返しもしたいんです」
微笑んで返すと、彼は少し目を丸くし、それから首を傾げた。
「やっぱり、お前ってちょっと変わってるな。あ、褒めてんだよ。なんつうか、あまりいないタイプ」
「で、ですよね。俺もそう思います」
頷いていると、今度は額をぐりぐり押された。
「だからさ、もっと堂々としろよ。謙虚が服着て歩いてるみたい。お前の人生なんだから、俺ってすごいだろ、ぐらいに思っていーんだよ」
「ええっ。それは難しいです。俺は得意なことなんて何もないし」
「高収入の旦那手に入れてる時点で勝ち組だよ! 俺なんてこれから就活しなきゃいけないんだぜ?」
カフェで大きなフラペチーノを買い、二人で街中を歩いた。
彼の話を聴いていて思ったのは、大学生は本当に大変なんだということ。行ってないからちゃんとは想像できないけど、課題にバイトにサークルもやってると、寝る時間なんてほとんどないという。
「何もお力になれず心苦しいんですけど、寝てくださいね。睡眠不足は体と心に大きな不調をきたします。俺も毎日死にたいと思ってたんですけど、寝る時間だけはたくさんあったから今日まで生き永らえることができたんです」
「お、おう、ありがと。何かお前も大変なんだな……」
その後は初めてのゲーセンやボウリングに連れて行ってもらった。正直全て惨敗というか、何一つちゃんとできなかったけど、文樹さんは優しく笑ってくれた。
「マジでこういうの初めてなんだ? 何か逆に教え甲斐があっていいよ。次はカラオケ行こ! おすすめの歌教えてやるから」
「わ、わあ……ありがとうございます」
同年代の体力についてけない。服を見たり、アクセサリーを見たりもしたけど、とにかく移動が大変だ。
でもこれが文樹さんのストレス発散にも繋がるなら良いか……。
カラオケではとにかく聞き手に徹し、タンバリンとマラカスでリズムをとった。
「……思ったんだけど、歌聞かないわりにリズム感良いじゃん」
「あ、琴とお囃子の篠笛はちょっとやっていましたので……」
「ほ~……。そうだ、じゃあ最後にもう一個行こう!」
ひええ。まだ行くのか。
でも楽しそうな彼にノーと言う気にもなれず、産まれたての小鹿のような足取りでついていった。
連れられたのは、駅から五分ほどの商業ビル。そこの五階に、何とも魅力的なお店が入っていた。
「俺のバイト先。どう? 和楽器と違うけど、面白そうなのいっぱいあるだろ?」
「うわああ……はい! すごい……!」
入り口からたくさんの電子ピアノが並んでいる。アコギやエレキギターが壁にディスプレイされ、ショーケースには美しい管楽器が飾られていた。
楽器屋というのは初めて来たけど、興奮間違いなしの素晴らしい世界だった。
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