熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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火照った秘密

#16

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浅ましいかもしれないけど、本当はもっと宗一さんに近付きたい。甘えたいし、甘やかしたい。

意を決して、ゆっくり腰を上げた。棚の前まで行き、そっと天板に触れる。
「宗一さん。な……中……見たら駄目ですか?」
「え」
振り返ると、彼はあからさまにドキッとした。
その反応でほぼ確信する。笑ってはいるけど、間違いなく動揺している。
白希が示したのは上に小さな引き戸があって、下は本や雑誌を入れる収納スペースがある棚だ。
あえて引き戸の中を見たいと言ったのには訳がある。決して個人的なものを見たいと思ってるわけじゃない。だがこの要望が失礼なものだということも分かっている。

「す、すみません。やっぱり大丈夫です」

彼が嫌だと思うことを、無理やりしたくはない。諦めて一歩離れると、彼はゆっくりこちらへ近付いてきた。

「いいよ。白希が欲しいものが入ってるかどうか、分からないけど」

宗一さんは壁に寄りかかるようにして、腕を組んだ。
……彼にとっても重大な決断のはずなのに。
「本当に良いんですか? あ、開けちゃいますよ? 本当に!」
「本当に良いよ。止めませんので、どうぞ」
慌てふためく白希に吹き出し、宗一さんは片手をひらひらと振る。温度差が激しいものの、白希はひと呼吸のあと、戸を手前に引いた。

中に入っていたのは、一枚の用紙。それをそっと手に取り、仰々しい文字の羅列を確認する。宗一が真隣にやってきて、悪戯っぽく笑った。
「お望みのものはありました? お姫様」
「はい……」
婚姻届。
言葉でしか聞いたことがないもの。それを手にし、白希は消え入りそうな声で呟いた。

「もう宗一さんの名前が書いてあります」
「私はいつでも準備万端だから、あとは妻になる人。の、本当の気持ちだけだ」

……っ。
周りをきょろきょろ見回してると、彼は近くのスタンドから万年筆をとってくれた。それを受け取り、恐る恐るキャップを外す。
「おや、大丈夫? 心の準備は?」
「もう、昨日のうちにできてます。でも書き損じたらごめんなさい」
「それは何枚でも取りに行くから大丈夫さ。……にしても思いきりがいいね。男らしいよ!」
満面の笑みで拍手する彼に、とても誇らしい気持ちになる。ただ乗せられてるだけの気がしないでもないけど、気持ちは彼と同じだ。

用紙をテーブルへ持っていき、手の震えを押さえながら自分の名前を書いた。

「書いちゃったね」
「書いちゃいました」

住所やその他、記入できる場所は埋めていく。待ち望んだ魔法の一枚は、思いの外早くに出来上がった。
「綺麗な字だ」
対面に座る宗一さんは、恍惚とした表情で婚姻届を手にした。
「白希の希は、ご両親にとってなにかの願いなのかな」
「……」
そんなこと考えたこともなかった。何となく語感が良いから名付けたのかな、ぐらいの。

こんな自分でも、生まれた時は彼らの希望になったんだろうか。考えたら急に後暗い気持ちになってしまった。
「ごめん、何でもないよ! それより白希、よく婚姻届があの棚の中にあると分かったね。前から知ってたのかい?」
「あ、いいえ。その棚の中に限らず、自分の部屋と洗面所の棚以外は一度も開いたことありません! 命懸けます!!」
「別に開けてもかまわないけど……じゃあどうして」
不思議そうに両手で頬杖をつく彼に、そっと打ち明ける。
「その……俺のただの妄想というか、自意識過剰だと思ってたんですけど。宗一さんがあの棚を大事そうに撫でるところをよく見てたので」
棚も気に入ってるんだと思っていたけど、それ以上になにか大事なものを仕舞ってる気がした。そしてそれが、俺と彼の関係を結ぶものだったら良い、なんて。

推測は当たったが、今思っても恥ずかしい。自惚れにもほどがある。
だけど宗一さんは、嬉しそうに手を叩いた。

「いやー、今回の観察眼はおみそれしたよ。さすが私の白希だ」
「いえいえ。……えへへ」

と、結局彼に乗せられている。
自分も大概単純で、思わず苦笑した。





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