熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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火照った秘密

#12

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彼の手にあるキャップを取り返そうとしたが、難なくかわされる。焦りより、別の感情が胸の中で渦巻いた。
何だろう、この感じ。
さっきと同じでふらふらして、気持ち悪い。でも間違いなく似て非なるものだ。
「ご迷惑をおかけしたことは、心からお詫びします。何でもしますので、その帽子は今返してください」
「言ったな? じゃあまずトイレに行こうや。帽子はその後で」
返す、と言ったところで、彼は「熱ッ!」と叫んだ。
キャップから手を離したところを見計らい、地面から拾い上げる。

「……すみません。もう大丈夫です。ついていきます」

彼が触れている部分のみ熱くした為、キャップは無事に取り返した。驚いて自分の手を見ている彼の元へ近寄ったけど、突如後ろに引っ張られる。
「わ……」
「何をしてるんだい?」
目の前のことに頭がいっぱいで気付かなかったが、背後には宗一さんが立っていた。
心なしか、無表情が怒ってるように見える。
「そ、そいつが今何かしやがったんだよ! 急に帽子が熱くなって……!」
「帽子が熱く? 面白いことを仰いますね。まだ昼間なのに」
宗一さんが不思議そうに首を傾げると、周りでクスクスと笑い声が聞こえた。見ると周りには少し人集りができていた。思ったより大声で騒いでしまっていたみたいだ。

「嘘じゃない、本当に……」
「本当だとしたら、貴方自身が熱くなってるせいかもしれない。お顔も赤いし、ひどくお酒臭いですよ。まさかここまで運転されてきたとか?」

宗一さんが薄く微笑むと、男性はさらに顔を赤くした。
「運転は連れがしたんだ! くそ、気をつけろよ、このガキ!」
彼は打って変わって、逃げるように去って行った。本当に運転だけはしてないと信じて、キャップについた埃を落とす。

「宗一さん、すみませんでした……」
「謝る必要はないけど、白希……素直に彼について行こうとしてただろう。こういう時は逃げるか、近くの人に助けを求めるんだよ。いいね?」
「は、はい」
普段より強い口調と目つきの彼にたじろぐ。
けど、全ては自分の警戒心のなさが原因だ。頭を下げ、自分に対しため息がもれる。
「約束だよ。……でも私が離れていたのも悪い。怖い思いをさせてごめんね」
「いやいや、宗一さんこそ何も悪くありません!」
いつものやり取りをし、こそばゆさに踵を浮かす。ちらほらいた人も離れていき、ようやく息をついた。
「ふう。目を離した瞬間厄介なタイプが寄ってきちゃうんだから、本当に心配で仕方ないよ」

宗一さんは深いため息の後、こちらに背を向けた。そして先程の男性が乗った車を、スマホのカメラでズームアップし、撮影した。多分ナンバーを確認したんだろう。
「宗一さん、それは盗撮では……」
「ん? 記念に駐車場を撮っただけだよ?」
「……」
宗一さんは振り返り、涼しい顔をしてスマホを仕舞う。

「何があろうと、私の白希に暴言を吐いたことは絶対に許さない。本人も気付かないやり方でお返ししよう」

俺に気付かせまいとしてるけど、思ってることが声に出てしまっている。つっこんでいいのか分からなくて、とりあえずキャップを被った。

そういえば、今は力が使えたな……。

「ごめんなさい。俺が邪魔なところに立っていたから、彼とぶつかってしまったんです。そしたらトイレに一緒に来い、と……」

言った瞬間、ガコン、という破壊音が聞こえた。
最初は何の音が分からなかったけど、彼の真隣にあった立て看板の足がわずかに地面にめり込んでいることに気付く。

「宗一さん……それ……」
「ん?」

指さしてようやく気付いたらしく、彼は看板をわずかに移動する。
「大丈夫、傷はついてない。地面は少しえぐれたけど」
「本当に大丈夫ですか……?」
地面はもちろん、宗一さんも。
絶対平常心じゃない。いつも冷静で穏やかな彼らしかぬ暴走だ。これは間違いなく自分のせい。

「次からは気をつけます。その、力も使ってしまったことも本当にごめんなさい」

限界まで頭を下げると、キャップの上からぽんぽんと叩かれた。

「君は悪くない。強いて言うなら、可愛さが罪かな。さっきの男の人も君の容姿に見惚れて暴走したんだよ」
「容姿? まさかまた女性と間違われたんでしょうか!?」
「いや、今の白希はちゃーんと男の子に見えるよ。でも新しい法ができてから、やたら性に奔放な人もたくさん増えたのさ」

宗一さんはやれやれと腕を組む。なるほど、そういうことか。さっきの人が男色だったのかどうか俺には分からないけど、用心しろということだろう。
「にしても、白希も珍しく毅然としていたね。素敵だけど、他になにかされた? 大丈夫?」
「あ、俺は全然……ただ、帽子を取られそうになって、少し取り乱しました。これも宗一さんに頂いた大切なものだから」




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