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植え替え
#30
しおりを挟む家に帰る頃にはへろへろだけど、心地いい疲れがあるということを久しぶりに思い出した。
子どもの時、辛くていつも泣いてた舞踊の稽古も、終わりの時だけは嬉しかったっけ。おばあちゃんがまだ元気な時は、必ずジュースとお菓子を持ってきてくれた。
些細なことかもしれないけど、自分にとってはかけがけのない宝物だ。気が抜けない生活の中で、唯一安心できる時間だった。
「すごい汗……」
今日は特に気合いが入って、夜まで力の練習をしてしまった。帰ったらすぐ夕食の準備を始めようと思っていたのに、服を着替えても汗臭い気がする。
しょうがない、サッとシャワーだけ浴びちゃおう。
服を脱いでシャワーを浴びる。ボディソープで体を洗い終わったところで、ふとある考えが浮かんだ。
最初は水で出して、理想的な湯温にしてみようか。
バーを水側に回し、シャワーから冷たい水が吹き出る。手を翳し、温かいお湯になるよう念じる。ところが。
「あれ……?」
中々お湯にならない。それどころか、温かくすらならない。
おかしいな。そんなわけないのに。
その後も何度もお湯のイメージをしたが、結局最後までお湯には変わらなかった。
「ううん……?」
何でだろう。こんなの初めてだ。
疑問だったけど、宗一さんが帰ってくるから急いで浴室から出た。
「白希、ただいま」
「おかえりなさい! 今日もお疲れ様です」
十九時半。仕事から帰ってきた宗一はさっそく白希の頬に口付けし、コートを脱いだ。
「今日も遅くまで外で練習してたのかな?」
「あ、はい。お昼は買い物もしてきました」
夕食に作った野菜たっぷりのカレーを器に盛り、テーブルに並べる。
宗一はすっかり脱力しながら舌鼓を打った。
「美味しい。カレーも久しぶりだよ。ほっとする味だ」
「気に入っていただけて良かった」
野菜の選び方とか、料理の仕方はだいぶ身についてきた。でも本当はもっと上達したいから、色々な本や記事を読んで頑張ろう。
美味しそうに食べる宗一さんを眺め、自身もスプーンを口に運ぶ。
この何気ない瞬間こそ、“家”と“家族”を連想する。宗一さんが俺に与えてくれるのは、お金じゃ買えないものだ。
「宗一さん。ありがとうございます」
「急に何だい? なにかしたっけ?」
「いえ。いつものお礼です」
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