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植え替え
#21
しおりを挟む「どちらかと言えば、俺から事件を起こしたんです。本当にごめんなさい。宗一さん、あの時の店員さん……。死んでお詫びします」
「ふふ……白希、数分で片付く問題は大した事件じゃないよ。私がその店員だったら、忙しくて明日には忘れてるさ。アイスコーヒーがホットに変わったのはおかしいと思うけど、ね」
「……」
宗一さんはフォローしてくれるけど、確かにそのとおりだ。怪しまれたのは間違いないし、自責の念も半端じゃない。
……注文もまともにできなかったことも、結構ショックだったりするから。
「それより。その店員と接触しそうになった時、手が痺れたって言ったね」
彼は床に片膝をつき、俺と目線を合わせた。
「え、えぇ」
「そう……」
束の間の沈黙。どうしたのか気になったけど、腰を掴まれ、一気に抱き起こされた。
「過ぎたことは気にしない! それよりここで苦手意識を持ったら、次に外に行くのが怖くなるだろう。……うん、荒療治だけど明日もどこかへ出掛けておいで」
「ええっ!」
「あ、でもそのカフェと図書館は行かないようにね」
……そんな。まだ色々ダメージが大きいのに。
宗一さん、急にスパルタだ。いや、外に行くぐらいで弱音吐いてる自分が一番悪いんだけど。
そうだ、強くならなきゃ。
「うっ、うぅっ……わかりました、行きます……うっ、明日も……っ!」
「泣かないで、白希。私がいじめてるみたいだから」
宗一さんは遠くで俯き、愛のムチとか何とか繰り返していた。
そして、翌日。
「不登校の子に学校へ行くよう強要してる親になった気分だよ。やっぱりやめようか」
「いいえ、行きます! 行かせてください!」
白希はキャップを被り、宗一と同じ時間に廊下に出た。気持ちはだいぶ落ち着き、今はやる気に満ちている。
やっと外に出られるようになったのに、自ら家にこもるなんておかしな話だ。
「俺は心身共に健康です。外が怖いなんて、それはただの甘えです。宗一さんのパートナーとしても、ひとりの大人としても、ちゃんと成長したい。昨日はすみませんでした。死んでも無事に帰ってきます」
死んでも無事に帰るって、何か日本語おかしいな。
でも宗一さんは特につっこまず、目元を押さえた。
「白希……。本当に強くなったね。私はもう、その覚悟が聞けただけで充分だよ。よし、無理しなくていいから三分で帰っておいで」
宗一さんは本当に優しい。でも三分だとマンションの敷地を出る前に終わってしまうし、せめて昼までは出掛けよう。
地下の駐車場までついていき、軽く手を振る。
「宗一さん、お気をつけて。行ってらっしゃい!」
「ありがとう。愛してるよ、白希」
宗一さんは微笑みながらウィンクした。彼のアコードが出ていくところを見届け、深呼吸する。
よーし! リベンジだ!
昨日は(昨日も)情緒不安定だったけど、今日は絶対人に迷惑をかけないように頑張るぞ。
宗一さんの言う通り、今外に対して否定的な感情を抱くのはまずい。まずは良いところに目を向けて、楽しみを見つけるんだ。
住宅街でも、探せば緑の多い公園がある。桜の木が並ぶ川沿いはのどかな時間が流れていて、喧騒とは程遠い。
目新しいものばかりだから、やっぱりただの散歩で充分楽しいな。
自販機でお茶を買い、狭い歩道を歩く。大きな橋を渡っていくと、以前雅冬さんに連れて来てもらった役所に出た。
今日は特に用事はないけど……用事はなくても、入っていいんだっけ。
役所の前には大きな噴水があって、ベンチもいくつか設置されてる。そこでは前に来た時と同じく、親子が会話していた。
……のどかで良いな。
役所の中には小さな図書室があったので、そこにお邪魔してみた。若い人は見かけないけど、皆静かに本を読んでいる。
お洒落な図書館も良いけど、こういうところの方が落ち着くかも。
広過ぎて移動するのも大変だし、幼い時から狭い場所が好きだ。
でも納屋や屋根裏はちょっと違うかな……。
内心苦笑して、料理本を中心に読んでいた。熱中するとやっぱり時間が過ぎるのが早くて、気付けばもう昼近くなっていた。
さすがに長居だ。そろそろおいとましよう。受付の人に会釈し、入り口へ向かって歩く。その時、誰かに声を掛けられた。
「あら? あの時のお兄さんじゃない?」
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