熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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#19

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「いらっしゃいませー! ご注文をどうぞ」
「あ、ええと……」

レジの店員が笑顔でこちらに向いた。自分と同じ歳ぐらいの青年だが、金髪にピアスを何個もつけてて、中々派手な印象だ。
「じ、じゃあこれを」
正直どれも違いが分からなくて、メニュー表で目にとまったコーヒーを指さした。
「ホットとアイスどちらにしますかっ?」
「ア……アイスでお願いします」
よく考えたら、これは人生で初カフェ。初注文だ。うわ、何だか緊張して気持ち悪くなってきた。

ちょっと本気でコーヒーを飲める感じじゃない。でも今さら注文取り消しするのも悪いし、堪えよう。
「お会計五百八十円でっす」
「あ、ええと……すみません、これで払いたくて」
スマホの電子決済を開いたはいいものの、支払い方に不安がある。慣れない手つきで操作してると、レジの青年は身を乗り出し、親身に教えてくれた。
「あー、そうそう。そこを押して……うん、残高あるからここにかざして」
「ありがとうございます」
歳下だと思われたのか、突如フランクになった。でも彼のおかげで、無事に支払いは完了した。

……はぁ。緊張した……。

まだ心臓がばくばく言ってる。駄目だ、具合悪いから今日はもう帰ろう。

支払いができたことに安堵して、ドアの方へ向かう。そんな白希を見て、レジの青年は驚いて後を追った。
「ちょちょちょ、お客様コーヒー忘れてますよ!」
「はっ! す、すみません!」
支払い終わった段階でもう用意されてたのに、普通にスルーしてしまった。うわー恥ずかしい! 申し訳ない!
慌てて振り返り、彼の持った紙コップを受け取る。その時、手先に激しい電流が流れた。
痺れるような、鈍い痛み。

「あっつ!?」

その瞬間、紙コップが凄まじい熱さに変化した。俺も彼も驚き、手を離してしまう。コーヒーはその場で床に落ち、黒い水たまりをつくった。
「あっつぅ……アイスなのに、何で……っ」
青年は不可解な状況に首を傾げ、空になったコップを拾い上げる。そしてこちらを見上げた。

「大丈夫ですか? 火傷してません?」
「あ……い、いえ。ごめんなさい…………!」

気が動転して力が働いてしまった。幸い、彼も火傷はしてないようだ。それでもコーヒーを台無しにして、床を汚してしまったことが本当に申し訳ない。
また息が苦しくなってきた。こんなことで狼狽えてたら駄目なのに……。
「あ、ふ、拭きます!」
「大丈夫ッスよ、それより服にかかってません?」
「大丈夫です。あ、あなたは? 大丈夫ですか?」
自分はユニフォームなんで、と彼は雑巾を持ってきた。それを受け取ろうとしたが、「だめだめ」と言ってさっさと拭いてしまった。
最低だ。結果的に迷惑をかけてしまった……。

周囲がちりちりと、熱が上がったことに気付く。

あ。
……まずい。

靴の裏側にまで熱を感じた時、急いでこの場から離れないといけない、と思った。
この青年に危害が及んだら大変だ。徐に一歩下がろうとした時、……彼は自分にしか聞こえない声で呟いた。

「大丈夫だから、落ち着いて」

……!

一瞬、聞き間違いかと思った。
何故ならそれは、“あの人”が動揺する自分によく言ってくれる言葉だから。




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