60 / 196
植え替え
#18
しおりを挟むでも、宗一さんが言っていたことは胸に引っ掛かる。
村の人達が俺を連れ戻すかもしれないって、どういう意味だろう。
疫病神のように扱われていた俺が村を出ていって、むしろ安心してるんじゃないのか?
現に、親戚からは誰一人連絡がない。幼い頃はよく集まっていた叔母達も、今はどこで何してるのかさっぱりだ。
昼過ぎになり、家事を終えてから薬指にペアリングをはめた。
……自分を知る人達に想うことはひとつだけ。元気に生きてくれていれば、それで充分なんだ。彼らの人生にこれ以上登場して、掻き乱すようなことはしたくない。
自分は物語だったら序盤に出てくる、名前すらない脇役だ。……あの村にいる人達にとって、そうでありたい。
「……行ってきます」
誰もいない家に向かって声をかける。
宗一さんや雅冬さんの言う通り、俺はこれから新しい人生を始める。
両親に対する呼び方も今日をもって変えよう。
ここまで育ててくれた父さんと母さんへの感謝は忘れず、……あの屋敷で育った俺は死んだのだと心に刻む。
黒のパーカーを羽織り、白のキャップを目深にかぶった。
まだちょっと緊張するけど、スニーカーを履いてマンションから出た。雲ひとつない青空、後ろから吹き抜ける陽気な風。
緑の遊歩道に、子ども達が駆ける音。全部が気持ちいい。
「……よし」
行こう。
スマホを胸ポケットに入れ、まずはマンションの近くを散策した。買い物に良さそうなスーパーや家電量販店、ディスカウントストアを回って、なるべく駅まで遠回りしてみる。マンションの周りは本当に閑静な住宅街だけど、表通りに出れば大きなお店が多い、賑やかな街だ。
学校が多いのか、制服姿の中高生も大勢見かける。やっぱりおしゃれで、楽しそうに友達とはしゃいでて、何だかこっちまで嬉しくなった。
自分も高校に通えてたら、あんな風になれただろうか。学校帰りに友達と買い物したり、流行りのものを食べに行ったり……でも友達を作る、ということ自体ハードルが高そうだから、やっぱり暗い青春を送っていたかな。趣味もないし。
駅に着いて、スマホを取り出した。
……いやいや、違う。趣味はこれからつくるんだ。首を横に振り、どきどきしながら改札口の読み取り部分にかざした。
ピッという軽やかな電子音が鳴り、扉が開く。
これ、通っていいんだよな……?
周りの人もつかつか前に進んでるし、流れに沿って進もう。
無事改札口を抜ける、看板を確認しながら目的のホームへ歩く。
わぁ。すごい人。
ホームも電車の中も、老若男女問わずすごい人だった。時間帯なんて関係なく、多くの人が使うみたいだ。村の最寄りの路線は乗ってる人なんて数人で、切符は車掌さんが取りに来ていた気がする。乗り方が違い過ぎて色々ショックだ。
宗一さんが先にスマホで乗り降りできるようお金をチャージしてくれてたから良かったけど、切符やカードだったら乗るのに数十分かかってたかもしれない。本当に有り難い……。
ため息をつきそうになって、慌てて背筋を伸ばす。こんなことでへこたれてたら次に進めないからだ。
「……」
不安だった電車も、とりあえず乗ってしまえば後は目的地に着くまでじっとしてるだけ。怖いこともなく、緩やかに運ばれていく。
皆スマホに視線を落としてるのが印象的だったけど、逆を言えば誰にも見られてない。その解放感は良かった。
前も思ったけど、他人を気にしてる暇なんてないんだろうな。学生もスマホやタブレットにかじりついてて、なにかを調べたりしてる。
俺も、熱中できるなにかを見つけたい────。
当面は家事と、宗一さんのサポート。そして就活だ。
何とかアルバイトをしたい。大変だと思うけど、日雇いとか短期のバイトで応募できないかな。
大きな図書館に行って、久しぶりにたくさんのジャンルを耽読した。社会人としての基本とか、働く上での心構えとか。活字を読むのは久しぶりだから目が痛かったけど、内容自体はすごく興味深かった。
集中し過ぎて独り言を言いそうになり、休憩を挟んだ。
カフェがついてる図書館で、皆休憩にコーヒーを飲んでいる。
22
お気に入りに追加
177
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】


【書籍化・取り下げ予定】あなたたちのことなんて知らない
gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。書籍化予定です。取り下げになります。詳しい情報は決まり次第お知らせいたします。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる