熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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植え替え

#18

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でも、宗一さんが言っていたことは胸に引っ掛かる。
村の人達が俺を連れ戻すかもしれないって、どういう意味だろう。

疫病神のように扱われていた俺が村を出ていって、むしろ安心してるんじゃないのか?
現に、親戚からは誰一人連絡がない。幼い頃はよく集まっていた叔母達も、今はどこで何してるのかさっぱりだ。

昼過ぎになり、家事を終えてから薬指にペアリングをはめた。

……自分を知る人達に想うことはひとつだけ。元気に生きてくれていれば、それで充分なんだ。彼らの人生にこれ以上登場して、掻き乱すようなことはしたくない。

自分は物語だったら序盤に出てくる、名前すらない脇役だ。……あの村にいる人達にとって、そうでありたい。

「……行ってきます」

誰もいない家に向かって声をかける。
宗一さんや雅冬さんの言う通り、俺はこれから新しい人生を始める。
両親に対する呼び方も今日をもって変えよう。
ここまで育ててくれた父さんと母さんへの感謝は忘れず、……あの屋敷で育った俺は死んだのだと心に刻む。
黒のパーカーを羽織り、白のキャップを目深にかぶった。

まだちょっと緊張するけど、スニーカーを履いてマンションから出た。雲ひとつない青空、後ろから吹き抜ける陽気な風。
緑の遊歩道に、子ども達が駆ける音。全部が気持ちいい。

「……よし」

行こう。
スマホを胸ポケットに入れ、まずはマンションの近くを散策した。買い物に良さそうなスーパーや家電量販店、ディスカウントストアを回って、なるべく駅まで遠回りしてみる。マンションの周りは本当に閑静な住宅街だけど、表通りに出れば大きなお店が多い、賑やかな街だ。
学校が多いのか、制服姿の中高生も大勢見かける。やっぱりおしゃれで、楽しそうに友達とはしゃいでて、何だかこっちまで嬉しくなった。

自分も高校に通えてたら、あんな風になれただろうか。学校帰りに友達と買い物したり、流行りのものを食べに行ったり……でも友達を作る、ということ自体ハードルが高そうだから、やっぱり暗い青春を送っていたかな。趣味もないし。

駅に着いて、スマホを取り出した。

……いやいや、違う。趣味はこれからつくるんだ。首を横に振り、どきどきしながら改札口の読み取り部分にかざした。
ピッという軽やかな電子音が鳴り、扉が開く。
これ、通っていいんだよな……?
周りの人もつかつか前に進んでるし、流れに沿って進もう。

無事改札口を抜ける、看板を確認しながら目的のホームへ歩く。
わぁ。すごい人。
ホームも電車の中も、老若男女問わずすごい人だった。時間帯なんて関係なく、多くの人が使うみたいだ。村の最寄りの路線は乗ってる人なんて数人で、切符は車掌さんが取りに来ていた気がする。乗り方が違い過ぎて色々ショックだ。

宗一さんが先にスマホで乗り降りできるようお金をチャージしてくれてたから良かったけど、切符やカードだったら乗るのに数十分かかってたかもしれない。本当に有り難い……。

ため息をつきそうになって、慌てて背筋を伸ばす。こんなことでへこたれてたら次に進めないからだ。
「……」
不安だった電車も、とりあえず乗ってしまえば後は目的地に着くまでじっとしてるだけ。怖いこともなく、緩やかに運ばれていく。
皆スマホに視線を落としてるのが印象的だったけど、逆を言えば誰にも見られてない。その解放感は良かった。
前も思ったけど、他人を気にしてる暇なんてないんだろうな。学生もスマホやタブレットにかじりついてて、なにかを調べたりしてる。

俺も、熱中できるなにかを見つけたい────。

当面は家事と、宗一さんのサポート。そして就活だ。
何とかアルバイトをしたい。大変だと思うけど、日雇いとか短期のバイトで応募できないかな。

大きな図書館に行って、久しぶりにたくさんのジャンルを耽読した。社会人としての基本とか、働く上での心構えとか。活字を読むのは久しぶりだから目が痛かったけど、内容自体はすごく興味深かった。
集中し過ぎて独り言を言いそうになり、休憩を挟んだ。
カフェがついてる図書館で、皆休憩にコーヒーを飲んでいる。




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