熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

文字の大きさ
上 下
57 / 196
植え替え

#15

しおりを挟む



「じゃあ、気をつけて。明日は朝から会議だから資料の用意忘れないでくれよ」
「せっかく仕事を忘れて良い気分になれてたのに……言われなくてもしっかり仕事するよ。こんな優秀な秘書を持って感謝するんだな」
雅冬さんはわざとらしく片手を振り、車に乗り込む。
食事を終え、宗一さんと外まで見送りにきた。ようやく本音で話せてるような気がして、実際すごく嬉しい。
「雅冬さん、またご飯食べに来てくださいね」
「ありがとう。まだまだサポートすることもあるから、遠慮なく連絡して。宗一もある意味では世間知らずというか、アドバイスについては一般的じゃないから」
雅冬さんが目を細めて笑うと、隣に佇む宗一さんはポケットに手を入れた。

「自分が立ってるステージを理解して、脱却する為にレベルを高めるのは当然のことだよ。すると周りと差がついて、話が合わなくなるのはこの世の摂理だ。君だってよく分かってるだろう。今の役員達がどれほど腐敗しているか」
「……分かるけど、それはここで話すことじゃない。しかも今ナチュラルに俺のこと貶したろ。明日寝坊したらタダじゃおかないからな」

雅冬はエンジンをかけ、白希の方に視線を向けた。

「今日は本当にありがとう。おやすみ」
「あ、はい。おやすみなさい……!」

頭を下げ、彼の車が見えなくなるまで手を振った。
知らない一面を見られて良かったな。宗一さんと付き合いが長いことも知ったし。

「宗一さん、雅冬さんと本当に仲が良いんですね」
「白希の目にはそう見えるのか。人間としては信用してるんだけど、友人としては信頼してないんだよね。なんせ昔、彼には苦しめられたから」
「え、何があったんですか」
「つまらないことだから知らなくていいよ。……まぁそれでも、一番傍にいてほしいと思ってる」

宗一さんは子どものように笑い、上着を羽織りなおした。
「冷えるね。中に戻ろう」
肩を抱かれ、エントランスまで戻る。ふと上を見上げると、闇の中に光の粒が浮かんでいた。

「宗一さん。ここも星がよく見えますね」
「あぁ、確かに今夜はよく見える。空気も澄んでるし」
「ね。……どんな時も綺麗。昔はよく、星に願ったりしてたことを思い出しました。今思うと恥ずかしいんですけど」

まるで幼い少女のようだ。星に願えば叶うなんて。
……でも、そもそもそんなのどこで知ったのか。それすら思い出せない。
ただ、小さな窓からずっと見上げていた。

「……どんなことを願ってたの?」

冷たい風が吹き抜ける。持ち上がった前髪を元に戻して、ゆっくり振り返った。

「いつか、大好きな人とこの空を見られますように。……叶ったから、案外本当かもしれませんね」

互いの手が触れ、強く握り合う。寒くなんてない。むしろ顔も胸も熱くて、今にもとけそうだ。

「良いことを聞いたな。私も、次からは星に願ってみよう」
「あはっ。宗一さんが言うとさらにロマンティックです」
「良いんだよ。恋愛は基本ロマンティックなものだから。それをリアルにして、ようやくひとつになれる」

再び歩き出して、彼は涼しそうに顔を上げた。
「……リアルは辛いことや悲しいことも多いですよ。どうせなら、人生そのものがロマンティックなら良いのに」
「はは、本当にね」
でも、リアルがあるから夢が生まれる。両方なくてはならないものだと宗一さんは話した。

「現実が辛いときはたくさん夢を見て。夢から醒めたら、現実で試せることを喜ぼう。私はそうしてきた」
「……」

試す、か。そんな風に考えたことないから気付かなかった。
俺が抱えるもの、闘ってるものは、無限にある星の中のちっぽけなワンシーンに過ぎない。俺の人生の数十年は、よその星の一瞬なんだ。それなのにバタバタともがいて、苦しんで、涙する。

やっぱり人って、儚くて……どうしようもなく、尊い。

今は一日を乗り切ることに必死だけど、いつかは誰かの記憶に残りたい。自分が生きた証をつくりたい。大きな腕に抱かれながら、ずっと遠くに輝く印に願った。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

オメガ転生。

BL
残業三昧でヘトヘトになりながらの帰宅途中。乗り合わせたバスがまさかのトンネル内の火災事故に遭ってしまう。 そして………… 気がつけば、男児の姿に… 双子の妹は、まさかの悪役令嬢?それって一家破滅フラグだよね! 破滅回避の奮闘劇の幕開けだ!!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...