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植え替え
#15
しおりを挟む「じゃあ、気をつけて。明日は朝から会議だから資料の用意忘れないでくれよ」
「せっかく仕事を忘れて良い気分になれてたのに……言われなくてもしっかり仕事するよ。こんな優秀な秘書を持って感謝するんだな」
雅冬さんはわざとらしく片手を振り、車に乗り込む。
食事を終え、宗一さんと外まで見送りにきた。ようやく本音で話せてるような気がして、実際すごく嬉しい。
「雅冬さん、またご飯食べに来てくださいね」
「ありがとう。まだまだサポートすることもあるから、遠慮なく連絡して。宗一もある意味では世間知らずというか、アドバイスについては一般的じゃないから」
雅冬さんが目を細めて笑うと、隣に佇む宗一さんはポケットに手を入れた。
「自分が立ってるステージを理解して、脱却する為にレベルを高めるのは当然のことだよ。すると周りと差がついて、話が合わなくなるのはこの世の摂理だ。君だってよく分かってるだろう。今の役員達がどれほど腐敗しているか」
「……分かるけど、それはここで話すことじゃない。しかも今ナチュラルに俺のこと貶したろ。明日寝坊したらタダじゃおかないからな」
雅冬はエンジンをかけ、白希の方に視線を向けた。
「今日は本当にありがとう。おやすみ」
「あ、はい。おやすみなさい……!」
頭を下げ、彼の車が見えなくなるまで手を振った。
知らない一面を見られて良かったな。宗一さんと付き合いが長いことも知ったし。
「宗一さん、雅冬さんと本当に仲が良いんですね」
「白希の目にはそう見えるのか。人間としては信用してるんだけど、友人としては信頼してないんだよね。なんせ昔、彼には苦しめられたから」
「え、何があったんですか」
「つまらないことだから知らなくていいよ。……まぁそれでも、一番傍にいてほしいと思ってる」
宗一さんは子どものように笑い、上着を羽織りなおした。
「冷えるね。中に戻ろう」
肩を抱かれ、エントランスまで戻る。ふと上を見上げると、闇の中に光の粒が浮かんでいた。
「宗一さん。ここも星がよく見えますね」
「あぁ、確かに今夜はよく見える。空気も澄んでるし」
「ね。……どんな時も綺麗。昔はよく、星に願ったりしてたことを思い出しました。今思うと恥ずかしいんですけど」
まるで幼い少女のようだ。星に願えば叶うなんて。
……でも、そもそもそんなのどこで知ったのか。それすら思い出せない。
ただ、小さな窓からずっと見上げていた。
「……どんなことを願ってたの?」
冷たい風が吹き抜ける。持ち上がった前髪を元に戻して、ゆっくり振り返った。
「いつか、大好きな人とこの空を見られますように。……叶ったから、案外本当かもしれませんね」
互いの手が触れ、強く握り合う。寒くなんてない。むしろ顔も胸も熱くて、今にもとけそうだ。
「良いことを聞いたな。私も、次からは星に願ってみよう」
「あはっ。宗一さんが言うとさらにロマンティックです」
「良いんだよ。恋愛は基本ロマンティックなものだから。それをリアルにして、ようやくひとつになれる」
再び歩き出して、彼は涼しそうに顔を上げた。
「……リアルは辛いことや悲しいことも多いですよ。どうせなら、人生そのものがロマンティックなら良いのに」
「はは、本当にね」
でも、リアルがあるから夢が生まれる。両方なくてはならないものだと宗一さんは話した。
「現実が辛いときはたくさん夢を見て。夢から醒めたら、現実で試せることを喜ぼう。私はそうしてきた」
「……」
試す、か。そんな風に考えたことないから気付かなかった。
俺が抱えるもの、闘ってるものは、無限にある星の中のちっぽけなワンシーンに過ぎない。俺の人生の数十年は、よその星の一瞬なんだ。それなのにバタバタともがいて、苦しんで、涙する。
やっぱり人って、儚くて……どうしようもなく、尊い。
今は一日を乗り切ることに必死だけど、いつかは誰かの記憶に残りたい。自分が生きた証をつくりたい。大きな腕に抱かれながら、ずっと遠くに輝く印に願った。
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