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植え替え
#11
しおりを挟む「行ってきます」
「行ってらっしゃい!」
翌朝、仕事に出掛ける宗一を白希は笑顔で見送った。
昔と違い、夜が明けるのはあっという間だ。朝食を作る為早起きしてるのも理由の一つだろう。何もなかった長い一日が、今では目まぐるしい速さで駆け抜けていく。
二十歳を過ぎたら後は老いるだけだと誰かが言ってたけど、何歳になっても“成長”はできる。それを教えてくれたのは他ならぬ宗一だ。
彼が帰ってくる前に家の中を掃除して、必要な食材を取り寄せて、夕食の支度をする。ようやく身についたルーティーンに少し嬉しくなって、リビングで意味もなく舞ってしまった。
そういえば、もう舞踊をすることもないんだ。
自分を象っていた一部でもあるから切り捨てるのは少し寂しいけど、新しい生活の為には仕方ない。
誰と関わるにも礼儀は欠かせないけど、これからはなるべく普通の人らしくする!
その“普通”が分からなかったりするけど、まぁそれはおいおい調べよう。
数日が経過しても、宗一さんにはひとりで外出しないように言われた。まだまだメディアの目もあるし、変な人に襲われる可能性もある。というのが、彼の見解。
なので数年ぶりの歯科検診も、真岡さんについてきてもらった。
歯磨きはちゃんとしていたから、ちょっとした掃除だけで解放された。本当に助かった。
「お疲れ様です、白希様。思ったより早く終わって良かったですね」
「ありがとうございます。本当に……もしかして今日が命日なのかな、って思いました」
「そんなに……」
真岡の憐れみの視線を受けるも、白希は青い顔をしたままだった。
真岡の車の助手席に乗り、シートベルトをつける。
「さて……白希様、なにか困り事はありませんでしたか?」
「ええと……いえ、全然。宗一さんには本当によくしていただいてます」
「それは良かった。そういえば、最近は料理をされてるんですよね? 宗一様がとても嬉しそうに話してましたよ。今まであんな無邪気に笑ったことはないから、私まで嬉しくなりました」
作り笑いはいつもされてますけど、と付け加える。
彼もシートベルトをつけ、シートにもたれた。
「社交辞令の笑顔はずっと見てきてるから分かるんです。貴方のことを話されてるときの宗一様は、一番感情が表に出ているというか……人間らしい、と思うんです」
「人間らしい……」
常に笑ってる彼だから気付かなかった。
宗一は、白希の前で見せる顔と、他の人に見せる顔が違うらしい。
でも大人ってそういうものなのかもしれない。……もちろん程度はあるだろうけど。
「だから本当に、白希様が来てくれて良かった」
「いやいや、そんな! 俺はお世話になってるだけです。真岡さんがいないと外にも出られませんし」
両手を上げ、全力で否定した。すると、彼は不思議そうにこちらを向いた。
「……宗一様が仕事の日は、一日家で過ごされてるんですか?」
「あ、はい。やっぱりまだ外は危険だと言われて……でも宅配じゃなくて食べ物とかも直に見たいし、買い物も自分で行ってみたいんですけど……」
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