50 / 196
植え替え
#8
しおりを挟む「宗一さん、珈琲か紅茶飲みます?」
「あぁ、お願いしようかな」
キッチンで彼のお気に入りのカップを取り出す。
宗一さんもやってきて、飲み物を選び出した。
「もう寝るだけだし、紅茶にするよ」
「わかりました」
せっかくだから茶葉から美味しく入れる方法を調べよう。香りを飛ばさない入れ方、というのも役に立ちそうだ。宗一に教えてもらった方法でブックマークし、画面を見ながら用意する。
耐熱のガラスポットにお湯を入れ、先に少し温める。
「……宗一さん、紅茶の種類は」
何にしますか。そう言おうとして振り返ったら、唇が重なった。
白希が振り返ることを想定していたように、彼は屈んでいた。
静かな時間が流れる。ばっちり目を合わせたまま、動けなかった。彼があまりにも落ち着いていたから……動揺してる自分がおかしいような気にさせられる。
多分、そんなことないのに。
「……っ」
彼があまりにも堂々としてるから、恥ずかしがってることが恥ずかしい。俺ばかり混乱するのもちょっと不公平だ。
「……キスはしないって言ったのに」
「うん? 今のは事故だろう。何なら君の方からしてきたんだ」
悪びれずに答える彼に、遅れて反発心が芽生える。
「宗一さんはズルいです」
「ふふ。逆に、そんな良い大人だと思ってた?」
宗一は首を傾げ、可笑しそうに笑った。
「実際に会ってみないと分からない。話してみないともっと分からない。人間はそういうものだ」
「……だから、もっと警戒した方がいいと?」
「察しがいいね。その通りだ」
棚に背を預ける白希を挟み込むように、宗一は両手をつく。
「白希は簡単に悪い人に食べられちゃいそうだから、ここで少し自己防衛を学んでほしくてね。私なりのレッスンだよ」
「宗一さんなら絶対大丈夫って思ってますから、警戒しようがないです。レッスンにはなりませんよ」
下に屈んで、彼の腕の中からすり抜ける。どんな時でも、冷静になれば突破口があるものだ。
「会ってみなきゃ分からないのは、その通りだと思います。でも俺の場合は、会ってみたら想像していた以上に優しい人だったんです。好きにならないわけがない」
警戒なんてできない。
俯きながら、だけど笑いながら零した。
本人を前にして大胆過ぎる告白だと思ったけど、彼が普段仕掛けてくる甘い罠に比べれば大したことない。
口にすることで頭の中も整理できるし、自分の本心に気付くこともできる。
暗いことは隠しておきたい質だけど、明るいことは何度でも言いたいし、伝えたい。せっかく自由なんだから。
少々手持ち無沙汰で指を折ったり曲げたりしてると、宗一は棚から茶葉が入った袋をとった。
「強いて言うなら、そういう純粋なところが危なかっしいんだけどね。可愛いから、何かどうでもよくなっちゃった」
「そんな……女の人ならともかく、俺のどこか可愛いんですか」
「可愛いよ。昔の小さな君も、私に愛の手紙を書いていた君も、不安ばかり抱えてる君も。……少しの間に成長して、自分の意志を伝えられるようになった君も、本当に可愛くて愛しい」
宗一は懐かしそうに目を細め、アールグレイの袋を白希に手渡した。条件反射で袋を開け、空になったポットに茶葉を入れる。
「そんな風に言ってくれる人、今までひとりもいませんでした」
だからやたらと顔が火照るんだろうか。困り果てながら、沸いたお湯を入れた。
22
お気に入りに追加
176
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】


【書籍化・取り下げ予定】あなたたちのことなんて知らない
gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。書籍化予定です。取り下げになります。詳しい情報は決まり次第お知らせいたします。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる