熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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植え替え

#6

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宗一さんには申し訳ないけど、本当のことを言ったらもっと心配させてしまう。だからこれだけは絶対に隠し通そう。

屋敷に閉じこもるように言いつけられていたこと……彼は知ってそうだけど、実際にどんな生活をしてきたか、詳しいことまでは分からないはずだから。

────それに実の父親を何よりも恐れてるなんて、普通じゃない。そんなことは知られたくなかった。

昨日は昔のことを思い出してパニックになったから、何としても忘れるように努めよう。
ただ村に関わることがあるとすぐに思い出しちゃうから、外に馴染むのはまだまだ時間がかかりそうだ。

でもその後ベランダに出て、宗一さんと朝日が昇る瞬間を一緒に見た。屋根裏にいた時から夜明けの空はわりと見ていたけど、今までで一番綺麗に見えた。
多分、ほっとしてるんだ。
村では“今日”が始まることは全然嬉しくなくて、むしろ怖くて仕方なかった。
今は大切な人が隣にいて、怖い人は誰もいない。

これがどれほど幸せなことか……。
宗一さんの笑顔を見る度に強く思う。せっかく外に出られたんだから、弱音は吐かず、しっかり生きようと。

腰が痛かったからほどほどで部屋に戻り、薬を塗ってもらった。最後までしっかり恥ずかしい……。
だけど、宗一さんへの想いをはっきり認識した一日になった。




「わぁ……! すごいです。これ全部宗一さんがやってくださったんですか……!?」
「そう。気に入らないところはない?」
「あるわけないです……上手く言えないけど、すごい難しい仕事をしてる人の部屋みたいです」
「ははは、それは褒められてるってことで良いのかな」
その日の日中は、また少しの時間真岡に付き合ってもらい、銀行へ行っていた。無事自身の通帳を手に入れた白希が家に帰ると、部屋には新しい家具が設置されていた。
「本棚も置いたよ。今は何もないけど、好きな本を買って入れるといい。ディスプレイスタンドもあるから飾るのも悪くない」
「おぉ……!」
感動し過ぎて逆に言葉が出てこない。
本を読むのは好きだし、机があれば勉強もできるし、何もかもが理想の環境だ。

「こんな素敵な部屋で過ごせるなんて夢みたいです。ありがとうございます、宗一さん!」
「全然。その笑顔が見られただけで充分だよ」

彼はベッドに腰掛け、長い脚を組んだ。

「思ったとおり、そのバッグもよく似合ってる」
「えへへ……」

肩にかけたバッグを少し前に回す。彼からプレゼントされたバッグをさっそく使うことができて嬉しかった。
「真岡さんも同じことを言ってくれました」
「おや、本当? ようやく彼も私のセンスに気付いたかな」
宗一はさらに気を良くし、立ち上がった。白木と一緒にダイニングへ向かい、テレビを点ける。
「今日は何か面白いものあった?」
「ええと……銀行はわりと想像通りでした。でも皆さん親切で、役所と同じ感じがしました」
宗一は白希の率直な感想にうんうんと頷いた。
他愛もない話にも関わらず、どんなことも興味深そうに聞いてくれる。だからか、本当にささいなことまで詳しく話すようになった。



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