熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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植え替え

#5

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非常に迷ったものの、消え入りそうな声で提案した。彼はしばらく渋ったものの、最後は「そうしようか」と言った。

「うん、最初はその方が良いかもね」

最初“は”、ってことは最後はベッドを撤去する気なのか。その時は何とか阻止したい。
「と……ところで宗一さん、まだ時間が早いから、模様替えはもう少ししてからにしましょう! ほら、今朝の四時ですよ」
「あぁ、それもそうだ。今日は遅出するつもりだし、後でゆっくりやるよ」
「ありがとうございます! 俺も手伝います!」
変な時間に寝てしまったからちょっと狂うけど、夜明け前に目を覚ましてしまったみたいだ。壁にかけられた時計を尻目に、頬をかく。

空は真っ暗だ。
冬は日が昇るのが遅い。世界はまだまだ眠りについている。
もう一眠りするか宗一に尋ねると、彼は目が覚めたから起きてると答えた。

何だか大変な一夜だった……。

それも自分のせいなので、加湿器のことは改めて彼に謝った。
「ちょっと……昔のことを思い出してしまって」
コーヒーをいれて、ソファに座る宗一に差し出す。自分はその対面にあるスツールに座り、前で両手を組んだ。

「宗一さんのベッドに座ってるとき、音が聞こえたんです。それが何か……怖い思いをした時にずっと聞いていた音に似てて、急に苦しくなりました」

そして、気付いたら床に倒れていた。息ができなくなったときは本気で死を意識したが、正気に戻れたのは宗一のおかげだ。
キスで助けてもらうなんて……そういえば、昔読んだ絵本でそんな話があった。タイトルは何だったか……。

「インターホンが鳴って、配達員が来ていた時だね。靴音か、ダンボールを置いた時の音か……どんな音か分かる?」
「えっと、げ……いえ、多分俺の勘違いです。ごめんなさい……」

配達員の靴音で下駄を意識するのはおかしい。ダンボールを置く音とも違う。下駄はもっと軽くて高い音だ。
つまりただの情緒不安定。あまりに申し訳ない。

宗一は腑に落ちない顔で白希を眺めていたが、やがてゆっくり頷いた。

「分かった。また何かあったら、その時は教えてくれる?」
「……はい」

即答すると、彼はありがとうと言ってコーヒーを口にした。
お礼を言われることは何もないのに、いつも立場が逆転している。

力がコントロールできないことはもちろん、いつだって見えない恐怖に支配されている。
ここにはいないはずの人。その影に怯えている。

宗一さんがいれば安心とか、思ったら絶対に駄目だ。彼は関係ない。これ以上の迷惑はかけたくない。

カップを強く握り、黒い水面に映った自分の顔を見下ろす。
入れたばかりのコーヒーは、わずかな間にひどく冷えきっていた。




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