熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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奇な糸

#16

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「心配してくれるのは本っ……当に有難いんですけど、何だか宗一さんの心臓にも良くない気がします。一旦落ち着いてください」
「そうなんだけど、白希が怪我したらって思うと気が気じゃないよ。こればかりは頭で分かってても駄目で……心の問題だな」

そう言うと、彼は叱られた子犬のようにしおれてしまった。可哀想でこれ以上は言えない……。
「すみません。そもそも俺が転んだのがいけませんよね。気をつけます」
「いや、注意してたって怪我はするさ。白希は悪くない」
体育座りから正座になり、彼の言葉に頷く。
「そういえば……今日、宗一さんに頂いた絆創膏が活躍しました」
役所にいる時、指を切ったおばあさんに絆創膏を渡したことを伝えた。彼は終始真剣な表情で聞いた後、強い力で抱き締めてきた。

「そのおばあさんの言う通りだよ。白希は本当に良い子だ」
「そんな、宗一さんのご配慮の賜物ですよ。……ただ、おばあさんの言ってたことが印象的だったんです。同じ場所にずっといることなんて、人間である以上不可能なのかも、って」

宗一と向かい合わせになりながら、力を抜く。彼の胸に顔をうずめた。優しい力で頭を撫で、宗一は小く呟いた。
「確かにね。誰もがいずれは老いて、自分の力では生活することが困難になる。……それでも帰る場所があるというのは恵まれてる」
「ですよね。……だから、俺も今とても幸せです」
両手を持ち上げ、恐る恐る前に伸ばす。何度も躊躇したが、やがて大きな背中を抱き締めた。

「今日も、必死に手続きしてる間は大丈夫でした。でも手持ち無沙汰になって、じっとしてる時はすごく不安で……早く宗一さんに会いたいと思いました」
「それは本当?」
「えぇ。真岡さんのおかげで乗り切れたんですけどね。俺ってやっぱり、まだまだ子どもみたいです。ごめんなさい」

不安が高じて、無意識に彼のことを思い出していた。早く帰りたいというのは、早く安心したいということ。
宗一の変わらない笑顔を見て、癒されたかった。





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