熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

文字の大きさ
上 下
35 / 196
奇な糸

#13

しおりを挟む


これから夕食ということで、風呂は短めに済ました。

本当はもっとゆっくりお湯に浸かって、疲れをとってほしかったんだけど……。

白希はドライヤーで髪を乾かしながら、洗面台に並んだ小瓶を眺めていた。何に使うのかもよく分からないが、どれも宗一のお気に入りなのかも、と思ったら胸が熱くなった。

彼が愛用してるものや好みの傾向は、この家の中に溢れている。カーテンの色も家具の配置も、フォークの形も蛍光灯の色も、彼が選んだもの。そう思うと途端に全てが愛しく思えた。

……そんな風に思うなんて、変なの。

理由は分からないけど、早くも寝巻きに着替えてリビングへ向かう。すると一足先に、宗一が食事の支度をしてくれていた。
「冷食で申し訳ないね」
「いえいえ、大丈夫です!」
レンジでパスタを温めている彼の隣に行き、食器を用意する。その際、思いきってずっと考えていたことを口にした。
「宗一さん。これから、食事も含めて、家事は俺が担当します。……大丈夫でしょうか?」
当面はここで暮らすと決めた以上、何でもしてもらう立場から脱却しないといけない。仕事をしている彼を少しでも楽にする為に、自分は最大限できることをしよう。

緊張しながら回答を待つ。ちょうど、レンジが音を鳴らした。
「もちろん大丈夫……というか、白希こそ大丈夫? 無理はしなくていいんだよ」
「いえ、むしろやりたいんです。それをしながら働き口も探す、というのを最初の目標にしようと思って」
「またまた。それはいいのに……」
宗一は温めたパスタを陶器の皿に移し、残念そうにフォークを白希に手渡した。

「私は君を迎え入れる準備はできてる」

彼は未来の展望が見えているんだろう。でも俺は、まだ右も左も見えてない。たった一メートル先の前方すら。
だから彼の好意を、手放しで喜べない。受け入れてはいけないんだ。

「俺が許せないんです。……自分のことすら満足にできない状態で、貴方に負担をかけることはしたくない」

堂々巡りのようだが、本心を告げた。
彼のように立派な青年になることはできなくても……ボロボロでもいいから、自分の力で歩きたい。そしていつかは、彼に恩返しをしたい。

真剣に見つめ返すと、宗一さんは両手を上げ、降参のポーズをとった。

「君の意志の強さは好きだよ。……分かった。君は自分がやりたいことを、我慢しないでやりなさい。私もそれを全力で応援する」

それからフッと顔を綻ばせ、こちらの頭を撫でた。
「家出と自立を同時に、か。何だかワクワクするね」
「宗一さん……ありがとうございます。我儘ばかり言って、本当にごめんなさい」
「謝るのは私の方だ。君が傷つくのが嫌だから、ずっと家に居ればいいなんて……これじゃ村にいたときと同じになる。すまない」
宗一さんは、俺を社会の荒波から守りたいと思ってくれてる。
それは本当に嬉しいし有難い。でもその生き方を選んだら、俺は何一つ成せずに腐っていく。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【書籍化・取り下げ予定】あなたたちのことなんて知らない

gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。書籍化予定です。取り下げになります。詳しい情報は決まり次第お知らせいたします。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

繋がれた絆はどこまでも

mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。 そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。 ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。 当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。 それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。 次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。 そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。 その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。 それを見たライトは、ある決意をし……?

処理中です...