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奇な糸
#6
しおりを挟む真岡は現在三十歳で、会社では宗一の秘書をしている。温和で、宗一と同様若いが有能。
だからこそ、本来の業務内容と異なることをして、不服じゃないか心配だ。
白希が関わる時点で、全てがプライベートな問題になる。宗一が務める会社と白希は一切関わりがないんだから当前だ。
だが真岡はとても丁寧に、今日のスケジュールを説明してくれた。
「宗一さんは白希様と暮らしたいと考えています。その上で問題を整理して、必要な手続きを済ますよう申しつかってます。これから火災の保険や身分証明書等取得して、生活を再スタートさせるお手伝いをしますね」
補助金を申請する為に、なるべく急いで必要な書類を揃えた。難しい説明書や注意事項に意識が遠くなったが、真岡が傍で分かりやすく言い換えてくれた。
加えて、住民票を申請する為に村管轄の役場まで向かった時はさすがに緊張した。外を歩いてる時も、人の視線を気にしてしまう。今の自分を見て、余川家の次男だと気付かれることはないと思ったが……これは脆い心のせいだろう。
ほぼ全てを納屋で過ごしたが、一年に一回だけ、屋敷の中を歩くこともあったから。
「ふぅ。今日中にやらなくてはいけないことは、ほぼほぼ終わりました。お疲れ様です、白希様」
「とっとんでもございません……! お疲れ様です、本当にありがとうございました!!」
互いに深くお辞儀し、車に乗り込んだ。なるべく涼しい顔をしてるように努める。真岡には悪いが、もう完全にグロッキーだ。
移動は大丈夫だけど、頭が働かない。数年頭を使わずに生きてきたからか、今日の情報量はとても処理できるものではなかった。色々手続きしたはずだが、今思うと何をしてきたのか思い出せない。
「何が分からないのか分からない」、という非常にしっくりくる台詞が脳裏によぎった。
ただ、本来すぐやらなくてはならないことをずらしたのは、言われなくても分かった。宗一は、まだ現実をのみこめてない白希に配慮し、昨日一日リフレッシュの為に外出させてくれたのだ。
木造の為実家は半壊し、火災の原因は不明。それでも保険は適用されると知って胸を撫で下ろした。
二十歳になったことで年金の支払いも始まったが、今年一年は免除してもらえることになった。来年からは立て直せていると信じて、スマホのやることリストに追記する。
しかし手は動かすものの、完全に魂は抜けていた。
白目を向きそうになったところで、ハンドルを握る真岡がこちらに目をやる。
「転出届は済んだので、あとは転入届だけです。要は住所変更ですね」
「住所変更……ですか」
あの村で生まれ育った自分が、村から出る。叶わないと分かっていたから、何とも非現実的な響きに聞こえた。
あれ。でもちょっと待って……。
「ま、真岡さん? あの……転入届は……何処に」
何だか胸騒ぎがして、運転席を見る。すると彼は予想通りの言葉を、にこやかに告げた。
「もちろん、宗一様の住まいがある場所ですよ」
なんっ。
これまでの流れで大体想像できたが、由々しき事態だ。宗一さんは本当に、自分と暮らそうとしてる。
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