熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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奇な糸

#3

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ずっと胸に引っかかっていた疑問。
それもこれ一つではないけど、まだ全然整理できてない為無理やり抑え込んでいた。

深夜帯の火事。屋敷の近くには家もなく、消防に通報されるのも遅かったはずだ。白希は納屋から屋根裏に移されたばかりで、慣れない空間から安眠できなかったのが幸いだった。
異臭がして一階まで降りると、屋敷の中は既に黒煙と炎に包まれていた。

あの夜は、数年ぶりに目を覚ました気がした。煙による息苦しさを覚えたとき、自分が“生きてる”ことを思い出した。

今まで死んでたのか、と思うぐらい、鮮明に。
痛むのは喉と目。それと心。どこをさがしても誰もいない。そんな状況で救いの手を差し伸べた、憧れの人。

あまりにでき過ぎてると、さすがの自分も分かっている。

沈黙を貫いて答えを待ってると、宗一さんは小さく息をついた。

「あの日は、元々帰る予定があったんだ。君の家が火事になっていることは、ある人から聞いた」
「ある人って?」
「申し訳ないけど、それは言えないんだ。でもこれだけは誓う。その人も私も、君の味方だ」

味方……。
曖昧で漠然とした言葉だ。だけど彼の真剣な表情に気圧され、それ以上は訊けなかった。

確実なのは、彼は俺の家について、俺以上に知っている。
渦中にいるはずの自分が一番現状を理解してないんだ。こんなに虚しく、情けないこともない。

でも、疑う理由もない。助けてもらったことに変わりはないし、……何なら騙されたっていい。裏切られても受け入れよう。

こんなにも大胆な考えに至るのは、相手が宗一さんだからだ。俺には想像もつかないなにかを背負ってるようだから……少しでもその荷を軽くできるなら、利用してほしい。

犠牲的になってるわけじゃない。

どうせあの時死ぬかもしれなかったんだ。火事が起きなかったとしても、屋根裏で孤独死してたかもしれない。今さらどうなろうと、怖くはない。

それより誰にも認識されない方がずっと怖くて、暗くて、苦しい。

本当の恐怖は死ぬ間際にはやってこない。何にもない、孤独な時間にこそ訪れ、この心を蝕む。
自分は既に救いようがないところまで来ている。今はそれを見抜かれないように。

「ありがとうございます。それだけ聞ければ……もう充分です」

白希は瞼を伏せ、静かに頷いた。
彼が何を考え、自分を傍に置いてるのか。その理由も、本当は何でもよかったんだ。
ただ、誰にも必要とされなかった……むしろ厄介者でしかなかった自分と関わろうとしてくれたこと。必要としてくれたことが堪らなく幸せで、嬉しい。

今心臓が止まったとしても未練はないほど。
 
……なんて。自分も大概変人だと、内心笑った。

宗一は少しだけ困ったように微笑み、白希の額にキスした。

「もう遅い。そろそろお休み」
「はい。おやすみなさい」

部屋に戻ろうと離れた際、掠めるように互いの手が触れた。
力はもれてないはずだけど、今までで一番熱かった。

寝室に戻り、電気は点けずそのままベッドに倒れる。
「ふぅ……」
こうしてると昔に戻った気になる。でも外から射し込む月光が部屋をほのかに照らして、実際は実家よりずっと優しい場所だ。

宗一さんと触れ合っていた時は、全く怖くなかった。
こんな時間がずっと続けばいいと、不覚にも思ってしまった。
もっともっと、彼と色んな話をしたい。

明日のことすら分からないのに、こんな気持ちを抱えるのは罪だ。

甘くて優しい。その優しさが、ちょっと苦しい。
矛盾だらけの感情が足を引っ張って、頭の中が中々片付かない。

まだちりちりと痛む指先を天井に翳し、円形の蛍光灯を宙でなぞった。
一日目の夜よりも頭は冴えていたけど、自分が思ってるより疲れていたらしい。柔らかいシーツに沈んでしまえば終わりも早く、瞬く間に世界が閉じた。





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