25 / 196
奇な糸
#3
しおりを挟むずっと胸に引っかかっていた疑問。
それもこれ一つではないけど、まだ全然整理できてない為無理やり抑え込んでいた。
深夜帯の火事。屋敷の近くには家もなく、消防に通報されるのも遅かったはずだ。白希は納屋から屋根裏に移されたばかりで、慣れない空間から安眠できなかったのが幸いだった。
異臭がして一階まで降りると、屋敷の中は既に黒煙と炎に包まれていた。
あの夜は、数年ぶりに目を覚ました気がした。煙による息苦しさを覚えたとき、自分が“生きてる”ことを思い出した。
今まで死んでたのか、と思うぐらい、鮮明に。
痛むのは喉と目。それと心。どこをさがしても誰もいない。そんな状況で救いの手を差し伸べた、憧れの人。
あまりにでき過ぎてると、さすがの自分も分かっている。
沈黙を貫いて答えを待ってると、宗一さんは小さく息をついた。
「あの日は、元々帰る予定があったんだ。君の家が火事になっていることは、ある人から聞いた」
「ある人って?」
「申し訳ないけど、それは言えないんだ。でもこれだけは誓う。その人も私も、君の味方だ」
味方……。
曖昧で漠然とした言葉だ。だけど彼の真剣な表情に気圧され、それ以上は訊けなかった。
確実なのは、彼は俺の家について、俺以上に知っている。
渦中にいるはずの自分が一番現状を理解してないんだ。こんなに虚しく、情けないこともない。
でも、疑う理由もない。助けてもらったことに変わりはないし、……何なら騙されたっていい。裏切られても受け入れよう。
こんなにも大胆な考えに至るのは、相手が宗一さんだからだ。俺には想像もつかないなにかを背負ってるようだから……少しでもその荷を軽くできるなら、利用してほしい。
犠牲的になってるわけじゃない。
どうせあの時死ぬかもしれなかったんだ。火事が起きなかったとしても、屋根裏で孤独死してたかもしれない。今さらどうなろうと、怖くはない。
それより誰にも認識されない方がずっと怖くて、暗くて、苦しい。
本当の恐怖は死ぬ間際にはやってこない。何にもない、孤独な時間にこそ訪れ、この心を蝕む。
自分は既に救いようがないところまで来ている。今はそれを見抜かれないように。
「ありがとうございます。それだけ聞ければ……もう充分です」
白希は瞼を伏せ、静かに頷いた。
彼が何を考え、自分を傍に置いてるのか。その理由も、本当は何でもよかったんだ。
ただ、誰にも必要とされなかった……むしろ厄介者でしかなかった自分と関わろうとしてくれたこと。必要としてくれたことが堪らなく幸せで、嬉しい。
今心臓が止まったとしても未練はないほど。
……なんて。自分も大概変人だと、内心笑った。
宗一は少しだけ困ったように微笑み、白希の額にキスした。
「もう遅い。そろそろお休み」
「はい。おやすみなさい」
部屋に戻ろうと離れた際、掠めるように互いの手が触れた。
力はもれてないはずだけど、今までで一番熱かった。
寝室に戻り、電気は点けずそのままベッドに倒れる。
「ふぅ……」
こうしてると昔に戻った気になる。でも外から射し込む月光が部屋をほのかに照らして、実際は実家よりずっと優しい場所だ。
宗一さんと触れ合っていた時は、全く怖くなかった。
こんな時間がずっと続けばいいと、不覚にも思ってしまった。
もっともっと、彼と色んな話をしたい。
明日のことすら分からないのに、こんな気持ちを抱えるのは罪だ。
甘くて優しい。その優しさが、ちょっと苦しい。
矛盾だらけの感情が足を引っ張って、頭の中が中々片付かない。
まだちりちりと痛む指先を天井に翳し、円形の蛍光灯を宙でなぞった。
一日目の夜よりも頭は冴えていたけど、自分が思ってるより疲れていたらしい。柔らかいシーツに沈んでしまえば終わりも早く、瞬く間に世界が閉じた。
21
お気に入りに追加
176
あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

禁断の祈祷室
土岐ゆうば(金湯叶)
BL
リュアオス神を祀る神殿の神官長であるアメデアには専用の祈祷室があった。
アメデア以外は誰も入ることが許されない部屋には、神の像と燭台そして聖典があるだけ。窓もなにもなく、出入口は木の扉一つ。扉の前には護衛が待機しており、アメデア以外は誰もいない。
それなのに祈祷が終わると、アメデアの体には情交の痕がある。アメデアの聖痕は濃く輝き、その強力な神聖力によって人々を助ける。
救済のために神は神官を抱くのか。
それとも愛したがゆえに彼を抱くのか。
神×神官の許された神秘的な夜の話。
※小説家になろう(ムーンライトノベルズ)でも掲載しています。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる