熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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二十歳の青年

#11

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白希がいた余川家と、宗一がいた水崎家は古くから強い繋がりがある。詳しいことはあまり聞かされていないが、まだ村ができる前、人が住める環境ではないとき……土地を切り開いて人々を迎え入れたのがこの両家らしい。

存在すら忘れられて、戦争とは無縁だった。山奥にひっそりかまえる孤立した土地だ。
ただ水崎家とは長い間支え合っていたらしいけど……彼らの内部が分断してから、白希の両親も様子が変わった。

宗一の父が東京で成功しているのは彼一人で成したものではなく、妻の実家が元々会社経営をしていたからだ。

そうだ……宗一さんのお母様は村のひとじゃない。東京から来た人だ。夫婦のどちらが提案したのかは分からないけど、彼らは宗一さんを連れて村から出た。今からもう十年前のことになる。

「このところ力を使ったことなんてないんだけど、白希に会ってから二回も使っちゃったな」

宗一は含み笑いをし、白希の頭を撫でた。

「それも意識してじゃなく、反射的に使ってる。自分でも驚いたよ」
「……っ」

自分がそそっかしいせいで彼に力を使わせてしまっている。もう、何でこんなにも最低なんだろう。
「申し訳ありません、あの……」
「あぁ、ネガティブワードは禁止だからね、白希」
言葉を紡ぎかけた唇に指を添えられ、口を噤む。代わりに紙袋を持つ手に力が入った。
「全部私が好きでやってることだ。それを大前提によろしく」
「あ……。ありがとう、ございます……」
とは言え、今もすごく気を遣わせてしまってるんだろうな。

今自分にできることは、彼に余計な心配をさせないことだ。しっかり……いや、強くならなきゃ。
弱気になればなるほど、力のストッパーもなくなる。自分で抑え込むだけの精神力を持つべきだ。
実際、なんでもない時はそうそう暴走なんてしないんだから。

服を着替える時、書き物をする時、食事をする時。そんな普段の日常動作では、物が温度変化することはない。
どこまでいっても、感情が大きく揺れた時だけだ。

やっぱり宗一さんは、力をすぐにコントロールできるようになったのかな。
改めて違いにへこみそうになるけど、慌てて首を横に振った。

「私はまず、力のコントロールができるようにならないといけませんね」
「そんなすぐに自分を追い込んだら駄目だよ。ゆっくり、少しずつ慣らしていこう。……あと白希、一人称は?」

今度は頬を軽く人差し指で押される。ハッとして訂正した。
「俺、でしたね。どうでしょう? 変じゃありませんか?」
「いいや。可愛い」
「ちょっ……男に対して言うことじゃないでしょう!」
ただでさえ照れくさいのに、恥ずかしい返答に顔が熱くなった。
指先もまた熱くなっている。これ、もしかして宗一さんの対応も関係してるかもしれない。

「可愛いって何度も言われると恥ずかしくて、余計周りに力が働いてしまいます」
「あら。じゃあ練習にちょうどいいじゃない。愛してるよ、白希」
「だ、だからやめてください! 外ですし!!」

宗一は面白半分にからかってくる。でもこっちは必死だ。下手したら周りの人に危害が及ぶ。例え対象に触れてなくても、宗一と一緒で近くの木や椅子を熱してしまう可能性があるのだ。にも関わらず、宗一は楽観的に鼻歌を唄っている。白希の不安はまるで伝わっていない。

彼はおおらかだが、怖いもの知らずでもある。
「そんなに周りを気にしなくても大丈夫だよ。見てごらん、同性のカップルも結構歩いてるだろう?」
彼は少し屈み、白希に耳打ちする。言われて見ると、確かに距離の近い男性二人組、女性二人組が歩いている。

「恋愛の形はそれぞれ。結婚が全てでもないし、立場も関係ない。今は自由に愛し合うことができるんだ……村とは大違いだろう?」
「そう……ですね」

村では、どうも子どもの縁談は親が決めていた。物心つく前から親同士で話が進んでいて、自然とその相手としか関わらないように圧をかけられていた。兄もそうで、……恐らく自分もそうだった。

ただ、自分は将来の相手が誰かは聞かされてないけど。

「私はあの村から出て良かったと思ってる。君に対しても同じだ。ほとんど軟禁のような形だったのに、事が起きるまで動けなくて済まなかった」

宗一さんは、少し苦しそうに顔を歪めた。
「宗一さんこそ、謝ってばかり。貴方は何も関係ありませんよ。本当に嫌だったら逃げることもできました。でも、私……じゃなくて、俺は外に出るのも怖かった。だからあの納屋の中で生きることを受け入れてたんです」
日が傾き、空が薄紫色に変わる。石畳の通りを、再び二人で歩き出した。

「俺が臆病で、力のコントロールもできない出来損ないだったから、両親に迷惑をかけてしまった。唯一の救いは兄が優秀だったことです」

でも、その兄も今はいない。
祖父母は亡くなり、親戚はいるが近しい家族は皆消息不明。何もかもカオスな状況にある。

そんな中、自分に逢いに来てくれた宗一は想定外の救世主だ。

「……白希の人生はこれからだよ。好きなことも楽しいことも、これから君が自分で決めるんだ」

宗一はジャケットを羽織りなおし、こちらに手を差し出した。

「……はい」

前も後ろもよく見えてないのに、すごく心強い。
自分なんかがひっついて良い人ではないけど、遠慮がちに手をとる。

不意に見上げた空にはもう白い三日月が浮かんでいて、彼のように綺麗だな、なんて呑気に考えた。




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