熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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二十歳の青年

#9

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奥様、という言葉が突き刺さった。

……まさかとは思うけど、そのまさかかもしれない。

頭が真っ白になって、気が付いたら一番手前にあったブラックのカーボンケースを手に取っていた。
「おお、シックですね。ではでは、フィルムとセットで会計いたします」
「ブラックか。淡い色も良いと思うけど、結局のところ白希は何でも似合うからなぁ。自分のことのように誇らしいよ」
隣で宗一さんがなにか言ったけど、右から左に抜けていった。

断るつもりだったのに、自分用のスマートフォンを用意してもらった。店を後にし、スマホが入った紙袋を抱いて彼に振り返る。お礼を言わなきゃ、と思って口を開いたはずだったが、

「宗一さん、ひとつお聞きしたいことが」
「うん?」
「私って、その、お」
「お?」
「男に見えませんか?」

心の大部分を占める不安が先に零れてしまった。
流れる沈黙。道の真ん中で立ち止まった為、通行人が邪魔そうに自分達を避けていった。
「はっ」
ふと我に返り、隅によって頭を下げる。

「……すみません! こんな高価なものを買っていただいて、本当にありがとうございます!」
「それはいいけど……さっきの店員さんに女性と思われたことを気にしてるのかな?」

どうやら彼も気付いていたらしい。尚さら恥ずかしくなり、白希は涙目で訴えた。
「危うくピンクのケースになるところでした」
「あはは、ピンクも似合うよ。白希が可愛いのは事実だからね」
だから、可愛いと思われること自体心外なのだ。白希の焦りは全く伝わってなかったが、一旦深呼吸する。

彼に罪はない。全ては自分の容姿が原因だ。今は髪が伸ばしっぱなしで長すぎることも原因だが、もうひとつある。それもすぐに改善できそうなこと。

「私……という一人称がいけないのかもしれません。決めました。今日から変えます」
「ほうほう。じゃあ私も変えようかな」
「宗一さんは変えなくて大丈夫ですよ。かっこいいですから……」

そう、敬語として使う分にはそれが普通だ。自分の場合は周りが言葉遣いに厳しかっただけで、好きで使ってるというわけでもない。
プライベートの場面で私呼びをしてると女性に間違われる可能性がある。それは本当に避けたい。

悲しくなるくらい小柄で華奢だけど、一応男として生まれた。丁寧な口調も所作も叩き込まれたからしてるだけで、本当はもっと砕けて生きたいのだ。

ひとりで頷いてると、宗一はワクワクした顔で尋ねた。
「どう、自分の呼び方決めた?」
「は、はい。実は……できれば、“俺”が良いなと」




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