熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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二十歳の青年

#8

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少し嫌な汗が浮かんだけど、……長いこと家族以外と接してこなかった自分の感性はあまりアテにならない。
とりあえず宗一さんを信じよう。
半ば投げやりな気持ちで俯いていると、彼は困ったようにこちらを覗いた。

「白希、また色々考えてるね」
「え、ええ。考えることしかありません。というより、考えるぐらいしか私にはできないから……」

何だか日本語も危なくなってきた。元気が出たのは本当に少しの間で、また強い不安が込み上げてきてしまった。
「私は外に出てきていいんでしょうか。学校もちゃんと行ってないし、働いたこともないし、常識を知らない。そして何より、温度変化の力で周りの人を危険に晒してしまう。……前と同じように、閉じこもってる方が良いんじゃないか、と思って」
「ふーむ……」
宗一は首を傾げた後、人差し指を上に向かって突き立てた。

「じゃあ外に行こうか」
「え! で、でも……またご迷惑をおかけしちゃうかもしれません」
「私といれば大丈夫。それに君と外へ出掛けるのは私の夢だったんだよ?」

彼は嬉しそうに微笑むと、こちらに手を差し出してきた。

「……っ」

その言葉を聞いた途端、視界がパッと明るくなった。
照明は変わらないし、陽射しの強さも変わらないのに。……嬉しいという気持ちだけで、こんなにも世界が変わるのか。

「すみません、私も……。……そうでした。はは、何で忘れてたんでしょう?」

彼と外で会うことを、ずっとずっと夢見ていた。こんな大事なことを忘れるなんて……。
世の中には素敵な人や美しい景色があるんだって、彼が教えてくれたのに。

「良かった。じゃあ今日は一日遊ぼう。私もオフだから、良い気分転換になる」

何でもかんでも甘えてしまうのは気が引けたけど、今日ぐらいは……せめて一日だけは、彼と過ごせる喜びを噛み締めたい。
「お願いします」
大きな手を取り、広過ぎる世界に飛び出した。ここに来るまでの距離では全然分からなかった空、人、看板、街並み。東京は不思議な場所だ。近代的で、どこを切り取ってもおしゃれ。新鮮なのに、懐かしいと感じる一角もある。
宗一さんには車で連れ出してもらったけど、いずれはバスや電車にも乗りたいと思った。

「すごいなぁ……女の人は綺麗だし、男の人はかっこいい。皆信号が点滅してても毅然と進んでいくし、都会ならではの強さに憧れます」
「ごめん、それは都会関係ないと思う」

日本の正確な人口は知らないけど、ここ一箇所に集中してしまってるんじゃないか。そう思ってしまうほどの人が駅前を行き交っている。これからどこかへ遊びに行くような若者、仕事中と思われるサラリーマン。色んな人が生きている。当たり前のことなんだろうけど、すごく尊いことのように思えた。

皆忙しそうだ。私は右も左も分からなくてきょろきょろしてしまうけど、その様子すら誰にも見えてないのかもしれない。
宗一さんは背が高くて綺麗だから、時々通りかかる人が振り返って見ている。モデルだと思われてるんだろうか。

当の本人は気付いてなさそうだ。
それか、視線に慣れてしまっただけなのか。

「ははっ。お店がいっぱいあって楽しそうですけど、何のお店なのかも分かりません」
「ふふ、分かるよ。私もそうだった。気になるところは片っ端から見ていこう。欲しいものがあったら遠慮なく言うんだよ」
「いやいや! 見て回ってくださるだけで充分過ぎます」

こんなところ、一人だったら絶対に回れない。迷子になるし、下手したら交番にも辿り着けない。
改めて、地図を見る力は必要だと思った。街頭の案内板を見ても、自分がどこから歩いてきたのかさっぱり分からない。

ここで生きていける気がしない……。

青い顔で佇んでると、宗一さんは手を叩いた。
「そうだ、ひとつ買い物していこう」
「?」
連れてこられたのは、いわゆる携帯ショップというところ。パソコンは分かるけど、最新のスマートフォンと言われてもまるで分からなかった。分からない尽くしで逆に笑ってしまう。

「つまり携帯みたいなものだよ。ネットで色々調べられて、大抵の場所なら支払いができる。私とも連絡がとれるし、白希は持ってた方がいい」
「い、いや……」

店員の男性が見せてくれたパンフレットを見て顔が引き攣る。値段が……これ、ちょっとゼロが多過ぎないか。
今の人は皆こんなものを一台持ってるのか。店内では小さな子どもも自分用に選んでるし、色々凄すぎる。
横を見ると宗一さんは既に最新機種で契約しようとしていた。

「名義は私でお願いします。カード一括で」
「そ、宗一さん。私は大丈夫です。こんな高い物……本当に必要になったら、自分で働いて買いますから」
「またまた。白希は家庭に入るんだから、働く予定はないよ?」
「家庭に入る予定の方がもっとないです」

小声で話し合っていると、会話が聞こえてしまったらしく、店員がにこやかに声をかけてきた。
「おや、ご結婚されるんですか! おめでとうございます」
「ありがとうございます。今月中に入籍する予定です」
今……月?
話が飛躍し過ぎてついていけない。蒼白になる白希をよそに、店員と宗一は盛り上がった。

「ケースや保護フィルムはどうされますか?」
「すぐに使いたいので、こちらで全部お願いします」
「かしこまりました。いやー、それにしてもお幸せですね」

ふと、店員がこちらを見る。ケースは女性が好きそうな華やかな色ばかり用意し、奨めてきた。中には花柄やきらきらした装飾のものも多くて、内心ウッとなる。
「お好みの柄があればどうぞ」
「あー……えっと、これはちょっと私には……」
男が持つには異様だ。かと言ってはっきり断るのも悪く、言葉を濁した。すると彼も察したらしく、地味な単色も持ってきてくれた。

「すみません、奥様。他にもありますので、ゆっくり選んでください」




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