9 / 196
二十歳の青年
#7
しおりを挟む牛乳とは別に、ブラックを差し出される。ひと口飲んでみたけどとても苦くて、一瞬顔が引き攣ってしまった。
「白希には飲みづらいか。砂糖とミルクを入れるね」
「あ……申し訳ありません」
「謝らないで。丁寧なのは君の良いところだけど、気を遣いすぎだ」
黒い水面にミルクが注がれる。柔らかい色に変わっていくさまを眺めるのは、ちょっと楽しい。
「もう君を厳しく叱る人はいない。……ご両親のことは心配だろうけど、もっと自分を出していいんだよ」
家族のことを思い出した途端、持っていたフォークが熱くなった。痛かったけど、何とか落とさずに済んだ。痛みを堪えたまま、宗一に悟られないようゆっくりテーブルに置く。
「お父様達は、無事……だと思います」
「なにか心当たりが?」
「いえ、全然! 何となくです。ごめんなさい」
両手を振って否定する。でも本当に、彼らは今どこかで、無事に過ごしている気がした。
この世には言葉では説明できないことがある。
私はもちろん、家族も、村すらも─────この世界の常識から逸脱している。
それはやはり、この人も。
長い間焦がれて、感謝して……それでもどこか距離を感じるのは、彼も私と“同じ”力を持ち合わせているからだ。再会してすぐその力を目の当たりにしたから、尚さら意識してしまっている。
そしてそれすら、この人には見抜かれているんだろう。
動揺を隠しながらパンを頬張る。すると不意に口端を指で撫でられた。
「粉がいっぱいついてるよ」
「え」
「ははっ、またついた」
今度こそ耐えられないというように、彼は吹き出した。
鏡がないから分からないけど、とりあえずナプキンで口元を拭く。
単純だけど、お腹が満たされたら元気が出てきた。家族の話題から離れることもできたし、内心ホッとする。
「あの、宗一さんはお腹空いてないんですか? 全然手をつけてないみたいですけど……」
「うん、朝はあまり食べられないんだよね。白希がいるからたくさん作っただけで……もし食べられるなら、遠慮しないで全部食べて」
「いえ、そんな……」
それから五分後。テーブルに置かれた皿は全て空になっていた。
「いやー、片付けやすくなって助かった。これから白希の分は多めに作るね」
「いや、お気遣いなく! すみません、お世話になってる上にたくさん食べて! 何の価値もない人間がこんな……! 自分でも本当、嫌気がさします」
「何か唐突にネガティブスイッチが入るんだね……」
どんよりしたオーラを纏う白希に、宗一は上向き、なにか閃いたように立ち上がった。
「宗一さ……んっ!?」
不思議に思って顔を上げた途端、頬にキスされた。
「な、何……っ」
「白希は触れられることも慣れてないからね。愛されることに慣れる前に、こうやってちょっとずつ慣らしていこうと思って」
スキンシップだよ、と微笑む。
キスはスキンシップの範囲なのか? よく分からなくて困惑してると、両手首を掴まれた。
「ルールをつくろう。毎朝一回、必ず私から君に触れる。そして夜は君から私に触れる……と」
「何で……あっ」
「君が自分を取り戻すためだ」
宗一は目を細めると、白希の首筋を甘噛みした。
細く白い肌は、吸い付かれる度に桃色を帯びる。そのさまを眺めながら、愉悦にも近い表情で宗一は瞼を伏せた。
「自己肯定感を上げるには、他人とのスキンシップがいい。持論というか、経験則だけどね」
椅子が後ろに押され、鈍い音が響く。開いた脚の間には宗一の膝が割り込んでいた。逃げられないよう両側からホールドされる。
「……まだ夢みたいだ。こうして君に触れられるなんて」
「ん……っ」
今度は胸に手が這う。最初は何をしてるのか分からなかったけど、指の動きで二つの突起を探してるのだと気付いた。
触れられる前から、そこは固く尖ってしまっていた。本当は見つけてほしいと言わんばかりに、薄いシャツを持ち上げている。
「あっ!」
呆気なく見つかり、服の上から摘まれる。押したり引っ張ったり、優しい力で揉み解された。
会ったばかりでやることじゃない。ただ不思議と抵抗する気も起きなくて、彼の愛撫を受け入れていた。
この人は多分……酷いことはしない。
何の根拠もないけど、漠然とそう思った。
逆に傷つけることが怖くて、両手を下にだらんと下げる。完全に無防備になり、彼の長い睫毛が揺れるさまを見ていた。
くすぐったくてムズムズする。でもこれが続いたら、この掻痒感すら気持ちよくなる気がしてきた。
初めての連続でおかしくなってしまったのかもしれない。ぬれた目元で彼を見上げると、ばっちり目が合った。
「ここまでにしよっか。おつかれさま」
チュ、と目元にキスされる。
「ごめんね。怖かった?」
「い、いえ。怖くはないけど……何されてるのかなぁって思って」
「あはは! 正直な感想だね」
なにかツボに入ったらしく、宗一は楽しそうに笑った。
「でも嫌な時は嫌だってちゃんと言うんだよ? 例えば、そう……私以外の誰かが、今みたいな触り方をしてきたときだ。それは間違いなくスキンシップじゃないからね」
え?
「でも、宗一さんのさっきの触り方はスキンシップなんですよね?」
「いいや、赤の他人がやったら犯罪だよ。でも私が君にやる分には、スキンシップということになる」
「…………」
薄々勘づいてはいたけど、この人ちょっと……いや、ちょっとじゃない。かなりめちゃくちゃなことを言ってないか?
22
お気に入りに追加
176
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】


【書籍化・取り下げ予定】あなたたちのことなんて知らない
gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。書籍化予定です。取り下げになります。詳しい情報は決まり次第お知らせいたします。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる