熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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二十歳の青年

#3

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窓の外の景色が緩やかに流れていく。初めて見る高層ビル群にあっけにとられながら、手元はずっと指を曲げたり伸ばしたりしている。

高速道路に入ってからは景色を楽しむという唯一の癒しも失い、視線を落とした。
すると嫌でも視界に入ってしまう、スレンダーな脚。

「こんなに長く車に乗るのは初めてだろう。白希、酔ってないかい? 窓を開けようか」
「あ、いや、大丈……あ、やっぱり窓は開けていただいてもよろしいでしょうか」

こういうの何て言うんだっけ。蛇に睨まれた蛙?
けどもっとしっくりくる例えは、獅子だ。真隣に座る青年に気圧されながら、白希は唾を飲み込んだ。


病院前で車とぶつかりそうになった際、颯爽と現れたこの青年に助けられた。また訳も分からぬ間に彼の黒塗りの車に乗せられ、真岡の運転でどこかへ向かっている。
どこか、と言っても本当はさっきの台詞から分かってたりする。この人の家だろう。

後部座席にこの青年と座っているが、隣にいるだけですごいオーラを感じた。横目に盗み見ることすら憚られ、開け放した窓の方を首が痛くなるぐらい向いていた。

すっっっごく視線を感じる。
でも鈍感なふりをして、全く気づかない風を装った。
聞きたいことはたくさんあるのに、会話を切り出せない……。

気まずいことこの上なくて、とにかく嫌な汗をかいていた。運転に集中してるせいか、真岡さんも何も話さないし。

あ、お礼。とにもかくにもお礼言わないと!!

顔を前に戻した時、車が停止した。真岡がこちらに振り返り、ドアを開ける。
「お疲れ様です。着きましたよ」
「ふえ……っ」
街中には変わりないが、隣にはとても立派なマンションが建っている。車の中からではとても上層階まで確認できない。
青年は先に降りると、白希に向かって手を差し出した。

「さぁ、どうぞ」
「ありがとうございま……」

手を取りそうになって、慌てて引っ込めた。
危ない。色々あって忘れていた。自分は、迂闊にひとに触れたらいけないのだ。

白希が青ざめていることに気付いたのか、青年は一歩後ろに下がった。
「足元に気をつけて、お姫様」
「あ、……はい」
お姫様という言い回しは如何なものかと思ったが、あえて触れずに車を降りる。
「真岡、ありがとう。今日はもういいぞ」
「承知致しました」
「えっ」
どうやら、真岡とはここで別れるらしい。急いで前方へ向かい、深く頭を下げた。

「真岡さん、色々ありがとうございます」
「いいえ。白希様、……それではまた」

彼は微笑むと、ウィンカーを出して発車した。あっという間に車の列に入り、姿が見えなくなる。
「……っ」
その時強い風が吹いて、思わずぶるっとした。季節は春に入ったばかり。夕方にもなると、上着がないと肌寒い。
青年もそれに気付いたのか、肩を抱き寄せてきた。
「ここは冷える。早く中に入ろう」
「……はい」
この人、どうして……。

いや違う。今もこうして触れてるのに、力が暴走してない。この人が原因なのか、それとも自分に原因があるのか。分からないまま、エレベーターに乗った。

道中、そっと壁に触れてみた。一度目は何ともなかったけど、二度目に触れた時は心臓が止まるぐらい冷たかった。

「……っ」

やっぱり変わらないか。
足元を見ながら、彼についていく。十五階建てのマンションで、彼の部屋は十階にあった。
「ここでも充分夜景が綺麗だよ。見てごらん」
「わぁ……っ!」
部屋の明かりが点いて一番に目に入ったのは、宝石箱のような夜景だった。

「すごい……」

床から天井まで広がる大窓に手をつき、呟く。だがまたハッとして、手を離した。

すごいところに住んでるなぁ。

でも彼なら当然かもしれない。
確か今では海外展開もしている大手建設会社。水崎グループ取締役社長のひとり息子。
水崎宗一みずさきそういち。自分は、この人を知っている。

振り返り、震える拳を握り締めた。

でも何故、自分をここに連れてきたんだろう。
それだけが解せない。自分はずっと彼に会いたかったけど、彼は仕事やプライベートで忙しいはず。

不安や混乱はあるものの、両手を揃えて頭を下げる。

「あの……火事のときも、助けてくださいましたよね。本当にありがとうございます」

本当はずっと会いたかった。────会ってみたかった。

死ぬかもしれないと思った矢先、夢が叶って。まるで全てが夢のようだ。怒涛の展開で理解が追いつかないし、浮遊感が抜けない。
「んむっ!?」
少しして頭を上げると、思いっきり強く抱き締められた。

「白希……! 会いたかった……本当に、無事で良かった」
「んぐ……っ」

力が強過ぎて窒息しそう。顔が宗一の胸に押しつけられれている体勢なのだが、彼は構わずに続ける。

「私のことを覚えてるかい? 私は君を忘れたことは一度もない……東京に移ってからも、君のことだけをずっと考えていた」





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