熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

文字の大きさ
上 下
5 / 196
二十歳の青年

#3

しおりを挟む



窓の外の景色が緩やかに流れていく。初めて見る高層ビル群にあっけにとられながら、手元はずっと指を曲げたり伸ばしたりしている。

高速道路に入ってからは景色を楽しむという唯一の癒しも失い、視線を落とした。
すると嫌でも視界に入ってしまう、スレンダーな脚。

「こんなに長く車に乗るのは初めてだろう。白希、酔ってないかい? 窓を開けようか」
「あ、いや、大丈……あ、やっぱり窓は開けていただいてもよろしいでしょうか」

こういうの何て言うんだっけ。蛇に睨まれた蛙?
けどもっとしっくりくる例えは、獅子だ。真隣に座る青年に気圧されながら、白希は唾を飲み込んだ。


病院前で車とぶつかりそうになった際、颯爽と現れたこの青年に助けられた。また訳も分からぬ間に彼の黒塗りの車に乗せられ、真岡の運転でどこかへ向かっている。
どこか、と言っても本当はさっきの台詞から分かってたりする。この人の家だろう。

後部座席にこの青年と座っているが、隣にいるだけですごいオーラを感じた。横目に盗み見ることすら憚られ、開け放した窓の方を首が痛くなるぐらい向いていた。

すっっっごく視線を感じる。
でも鈍感なふりをして、全く気づかない風を装った。
聞きたいことはたくさんあるのに、会話を切り出せない……。

気まずいことこの上なくて、とにかく嫌な汗をかいていた。運転に集中してるせいか、真岡さんも何も話さないし。

あ、お礼。とにもかくにもお礼言わないと!!

顔を前に戻した時、車が停止した。真岡がこちらに振り返り、ドアを開ける。
「お疲れ様です。着きましたよ」
「ふえ……っ」
街中には変わりないが、隣にはとても立派なマンションが建っている。車の中からではとても上層階まで確認できない。
青年は先に降りると、白希に向かって手を差し出した。

「さぁ、どうぞ」
「ありがとうございま……」

手を取りそうになって、慌てて引っ込めた。
危ない。色々あって忘れていた。自分は、迂闊にひとに触れたらいけないのだ。

白希が青ざめていることに気付いたのか、青年は一歩後ろに下がった。
「足元に気をつけて、お姫様」
「あ、……はい」
お姫様という言い回しは如何なものかと思ったが、あえて触れずに車を降りる。
「真岡、ありがとう。今日はもういいぞ」
「承知致しました」
「えっ」
どうやら、真岡とはここで別れるらしい。急いで前方へ向かい、深く頭を下げた。

「真岡さん、色々ありがとうございます」
「いいえ。白希様、……それではまた」

彼は微笑むと、ウィンカーを出して発車した。あっという間に車の列に入り、姿が見えなくなる。
「……っ」
その時強い風が吹いて、思わずぶるっとした。季節は春に入ったばかり。夕方にもなると、上着がないと肌寒い。
青年もそれに気付いたのか、肩を抱き寄せてきた。
「ここは冷える。早く中に入ろう」
「……はい」
この人、どうして……。

いや違う。今もこうして触れてるのに、力が暴走してない。この人が原因なのか、それとも自分に原因があるのか。分からないまま、エレベーターに乗った。

道中、そっと壁に触れてみた。一度目は何ともなかったけど、二度目に触れた時は心臓が止まるぐらい冷たかった。

「……っ」

やっぱり変わらないか。
足元を見ながら、彼についていく。十五階建てのマンションで、彼の部屋は十階にあった。
「ここでも充分夜景が綺麗だよ。見てごらん」
「わぁ……っ!」
部屋の明かりが点いて一番に目に入ったのは、宝石箱のような夜景だった。

「すごい……」

床から天井まで広がる大窓に手をつき、呟く。だがまたハッとして、手を離した。

すごいところに住んでるなぁ。

でも彼なら当然かもしれない。
確か今では海外展開もしている大手建設会社。水崎グループ取締役社長のひとり息子。
水崎宗一みずさきそういち。自分は、この人を知っている。

振り返り、震える拳を握り締めた。

でも何故、自分をここに連れてきたんだろう。
それだけが解せない。自分はずっと彼に会いたかったけど、彼は仕事やプライベートで忙しいはず。

不安や混乱はあるものの、両手を揃えて頭を下げる。

「あの……火事のときも、助けてくださいましたよね。本当にありがとうございます」

本当はずっと会いたかった。────会ってみたかった。

死ぬかもしれないと思った矢先、夢が叶って。まるで全てが夢のようだ。怒涛の展開で理解が追いつかないし、浮遊感が抜けない。
「んむっ!?」
少しして頭を上げると、思いっきり強く抱き締められた。

「白希……! 会いたかった……本当に、無事で良かった」
「んぐ……っ」

力が強過ぎて窒息しそう。顔が宗一の胸に押しつけられれている体勢なのだが、彼は構わずに続ける。

「私のことを覚えてるかい? 私は君を忘れたことは一度もない……東京に移ってからも、君のことだけをずっと考えていた」





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】 12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。 近況ボードをご覧下さい。

処理中です...