熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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二十歳の青年

#2

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「すごい……」

翌日、白希は感動のあまり身体を震わしていた。
テレビのチャンネルがこんなにもあるなんて。真岡が持ってきてくれたカード?とかいうものを挿したら、さらに色んなチャンネルが見られるようになった。アニメばかり流れてたり、動物の生態が詳しく説明されてたり、ドキュメンタリーも多種多様だ。
もし自分の部屋にテレビがあったら、一日中見ていただろう。そして一日なんてあっという間だっただろう。

目を輝かせながらリモコンを置き、部屋の中を見回してみる。
個室で、他に患者は誰もいない。
同じ階には他にも大部屋がたくさんあって、賑やかそうだ。そっちに行きたいけど、ここにいるのは治療に来てる人達だから……あまり積極的に関わったら迷惑になってしまう。とりあえず大人しくしていよう。

そう思いつつも、目新しい発見ばかりでウズウズする。
テレビの横にある謎の機器とか、アルコール消毒とか、お見舞い品のお菓子とか。そんな小さなもので心が踊る。

家を失い、家族が行方不明。私が外の世界に出てしまったことも大変な事態だというのに……。

緊張感より高揚感の方が高くなってしまっている。
窓際に寄り、パイ生地をチョコレートで包んだスティック状のお菓子を食べた。
「……っ!!」
その美味しさと言ったら……。軽く立ちくらみするほどだ。甘くて舌の上でさらりと溶ける。筆舌に尽くし難い。

こんなに美味しいものが存在するなんて……やっぱり、世界は広い。

菓子箱の裏を見て製作所の住所を確認していると、ドアをノックする音が聞こえた。入ってきたのは、昨日と同じ真岡だった。
「白希様、おはようございます。よく眠れましたか?」
「お、おはようございます。ええ……とても」
お菓子を置き、慌てて頭を下げる。
「退院の手続きをしてきました。こちらの服に着替えてください。外に車を用意してます」
「は、はぁ……」
何だかお高そうな黒い手提げ袋を渡される。そこには男ものの洋服が入っていた。
「私は廊下に出てますから、着替え終わったら声を掛けてくださいね。では」
そう言うと彼は廊下へ出て行ってしまった。

「……」

何だかあれよあれよという間に事が進んでる気がする。
かといって動かない理由にもならない為、用意してもらった服に着替えた。
初めての患者衣にも中々興奮したが、今回の感動はそれをさらに上回った。
「これでいいのかな……?」
高そうなズボン、シャツ。腕時計まで入っていたから、一応つけてみた。

物心ついた時からずっと着物だったから、洋服の着心地に違和感がある。でも、すごくいい。まるで普通の人みたいだ。って、それもちょっと変か。

洗面台の鏡の前で自分の姿を凝視する。思わずぼうっとしていたが、ハッとして部屋を出た。
「真岡さん! 申し訳ありません、お待たせしました……!」
慌てふためいて身を乗り出すと、真岡は手に持っていたメモ帳を仕舞い、顔を綻ばせた。
「全然待ってませんよ。それよりとてもお似合いです」
「そうでしょうか。変じゃありませんか?」
「とんでもない。着丈もぴったりですが、見事に着こなしておられますよ」
部屋の中をざっと整理し、真岡に連れられて一階へ降りる。

「ありがとうございます。でも、その……どうしてここまでしてくれるのですか? この服や時計もすごくお金かかりましたよね」

受付で、真岡と事務員のやり取りを眺める。自分ができることは何もなく、淡々と支払いの話を拾っていた。
「私は家もお金もなくて……お恥ずかしい話、仕事もしたことがありません。お世話になった分を返していきたいけど、すぐにはとても……」
「ご心配なく。白希様のことは、全て宗一様が預かるおつもりですから」
「え」
宗一?
その名前は嫌というほど知っている。だけど、まさかここで聞くとは思わなかった。

「宗一さん……に会えるんですか? いや、それより私を助けてくれたひとって」
「ええ。水崎宗一様です」

病院のエントランスを抜け、目の前のタクシー乗り場に進む。
その時、足元に落ちていたジュースの缶に気付かず蹴ってしまった。
急いで拾い上げたが、その瞬間、火傷しそうなほど缶が高温になった。
「あつっ!」
驚き、思わず手を離してしまう。そのせいで運悪く、缶は目の前の道路に転がっていってしまった。
あんなところに放置するわけにはいかない……。駆け足で缶を取りに行こうとした時、
「白希様! 危ない!」
背後から真岡の叫び声が聞こえた。
え、と思って横を向いた時、車の大きなボンネットが見えた。

────これはまずい。

今度こそ駄目だと思い、衝撃を想定して瞼を伏せる。
身体が宙に投げ出されるイメージをしたけど、いつまで待っても車と接触しない。
ブレーキが間に合ったんだろうか。安堵して瞼を開けると、目の前の車は不自然に浮いていた。
と言うのも、前方だけだ。後輪はちゃんと地面についている。まるで自転車のウィリーみたいな状態で、ドライバーも目を丸くしていた。

「ふう。危なかった」

低いが剽軽な声が聞こえた時、車はゆっくり下におり、前方も地についた。ドライバーが慌ててブレーキを踏んだのが分かった。

「あ……」

速すぎて反応できずにいたが、あの火事のときのように、誰かに抱き寄せられている。
淡い髪と、大きな背中に目を見張る。自分の前に現れた青年は、前に翳していた手を下ろし、にっこり微笑んだ。


「迎えに来たよ。さぁ、今度こそ私の家に帰ろう」





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