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芰形優來

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跛行。

「サポーター」に自身を知られてはいけないのは、単純に素性を明かすことで、遠慮なく話せていた秘密が話せなくなるからだ。声も分からない、自分を全く知らない者だからこそ、汚い感情も恥ずかしい話も赤裸々に語ることができる。サポーターは必ず同じ性別で、同じ年齢らしい。しかしSNSなどで検索しても同じ名前の者はひとりとして該当しない。「梅原陽葵」は偽名なのだ。それは優來の為に作られた名前。「芰形優來」は本名だが、陽葵の端末に届く際は全く別の名前に変換されているのだろう。しかし相手がその名前を打ち込んだ時には、きちんと自分の本名で変換され、本文が送られてくる。これがリアリティが増し、「自分」という人間がちゃんと認識されている、という満足感に繋がるのだ。

優來は今日も陽葵にメールを送る。

『ねえ、最近気になるって言ってた男の子とはどう?』
メールはすぐに返ってきた。
『全然、あれから一度も話せてない。やっぱ無理かも。優來は? 好きな人見つかった?』
『まだいないなぁ。陽葵は可愛いだろうから大丈夫だよ! 応援してる』

文字を打ち終え、送信をタップする。「可愛いだろう」から……と、顔を知らないから断定できないのは時々めんどくさい。けど、知りたいような、やっぱり知りたくないような、複雑な気持ちになる。びっくりするぐらい可愛かったら嫉妬してしまうかもしれないし、想像と違い過ぎたら絶句するかもしれない。
でも「陽葵」は自分お同じ、どこにでもいる女子中学生だ。孤独を分かち合う、私の半身。

「初めてお手紙申し上げます。私は芰形まゆと申します。突然のことで何からお話したら良いのか悩んでおりますが」
「こーら。何勝手に読んでるの」

ある日、リビングのテーブルに色褪せた便箋が置いてあった。優來が読み上げていると、母が呆れながら取り上げた。
「それ、お母さんのサポーターの人に宛てた手紙?」
「の、書き損じたやつね。大変だったわー、この時。十歳だし、ちゃんとした手紙なんて全然書いたことなかったから、お父さんとお母さんに教えてもらってね。私が子どもの頃は便利な連絡ツールなんて支給されてなかったから、ずっと文通していたのよ。このご時世にアナログだなって皆怒ってた。でも、私は結構楽しかったのよね。同じ歳の女の子だし、可愛い便箋を買いに行って選ぶのも好きだった」



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