鍾愛ファシネーション

七賀ごふん

文字の大きさ
上 下
9 / 13

#9

しおりを挟む


突然のことに反応が遅れたが、床に手をつき顔を上げる。
何が……いや、誰がやったんだ?
痛みを堪えながら扉の向こうに視線を移す。そこには、いるはずのない人物が佇んでいた。

「リオ! 何でここに?」
「それは後。逃げるぞ」

夢でも見てるみたいだ。館で眠っていたはずのリオが現れ、自分を抱き起こしている。邪神が起き上がる前にヴェルムの手を引き、走り出した。
リオは虫の知らせかな、等と呑気に呟きながら後ろを振り返った。

「あれ、まずいかな? 捕まったら殺されるかな」
「間違いない」

ため息を飲み込んで答える。この上なく絶体絶命な状況にあるのに、それほど恐れてない様子のリオにこちらまで気が抜けてしまった。
「お前って奴は……何てことすんだよ」
「何、まさかあのまま無理やり抱かれたかったのか?」
「じゃなくて! 勝手に館から出て……お前、今息してるのも辛いだろ」
黒い霧に包まれた館から脱出し、何とか街からも離れることができた。しかし谷口に入ったところでリオは明らかに顔色が悪くなり、激しく咳き込みだした。
不安と心配が最高潮に達し、こっちまで息が苦しくなる。
彼の肩を支え、互いの額をつけた。

「俺なんかの為に……何でこんな……っ」
「あーもう、助けに来たのに説教ばっかだな」
「俺は自分が死んだって構わない。でもお前になにかあったら……そっちの方がよっぽど嫌なんだよ!」

彼の血に滲んだ唇を見て、ますますパニックに陥る。

「お前を守る為に、酷いことや汚いこともたくさんしてきたんだ。でもお前がいないと……俺はもう、何にもできなくなる……!」

最悪だ。こんなこと、死んでも言うべきじゃないのに。
もっと他に言いたいことがあるのに、絶対言わないと決めていた身勝手な言葉が溢れ出した。
これでは彼に失望されるだろう。自分自身に吐き気がして、消えてしまいたい衝動に駆られる。

「……わかってるよ」

こんな状況を作り出したのは、他でもない自分だ。けど彼はそれを責めず、俺の頬を優しく撫でた。
「こんなガキみたいに泣きじゃくるぐらい、俺のこと大事に想ってくれていた、ってことはな?」
「お前……っ」
リオの言う通り、ヴェルムは大粒の涙を零していた。
こんな風に誰かの前で号泣したのは、恐らく生まれて初めてだ。

「本当はすごく弱くて、寂しがりだってことも知ってる。多分寝てる間もずっと傍にいてくれたから、その想いが俺の中に流れ込んできてたんだ。目を覚まして、強く抱き締めてやりたいっていつも思ってた……だから後悔なんかしてない。するわけない」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

【完結】何一つ僕のお願いを聞いてくれない彼に、別れてほしいとお願いした結果。

N2O
BL
好きすぎて一部倫理観に反することをしたα × 好きすぎて馬鹿なことしちゃったΩ ※オメガバース設定をお借りしています。 ※素人作品です。温かな目でご覧ください。 表紙絵 ⇨ 深浦裕 様 X(@yumiura221018)

シャルルは死んだ

ふじの
BL
地方都市で理髪店を営むジルには、秘密がある。実はかつてはシャルルという名前で、傲慢な貴族だったのだ。しかし婚約者であった第二王子のファビアン殿下に嫌われていると知り、身を引いて王都を四年前に去っていた。そんなある日、店の買い出しで出かけた先でファビアン殿下と再会し──。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...