15 / 28
解答者
#3
しおりを挟む仕事が終わったら、一目散に家に帰りたかった。けど後のことを考えるとそれが賢明とも思えず、塾から少し離れた駅前で待ち合わせした。わざと人目がある場所を選んだのには理由があるが、彼はそんなことまるで気付かないんだろう。
「元気? 何かちょっと痩せて見えるけど」
「元気ですよ」
「そっか。それと、何で敬語なんだよ。他人行儀で寂しいなー」
「……」
雅人さんは苦笑しながら煙草に火をつけた。
最後に会ったとき禁煙するとか言ってたけど、案の定できてないな。まぁできるわけないか。
この人は重度のヘビースモーカーだ。昔妊婦が近くにいる時に吸おうとしたから注意したことがあったけど、虫の居所が悪かったのか殴られた。それ以降はもう、言っても無駄だと思って黙っていた。
「なぁ、突然悪いけどお前ん家行ってもいい?」
「えっ? ……いや、すみません。それはちょっと」
今、家には晃久がいる。
何となく、この人と晃久を会わせたくなかった。
「お前の家に色々忘れ物してるから取りに行きたいんだけど」
「あ……なら、俺が持ってきますよ。今は、親が来てるので」
適当に言い訳すると、雅人さんはあっそ、と頷いた。何とか納得したみたいでホッとする。
「あの、用件ってそれだけですか? それなら」
「いーや、もひとつ大事な話があるんだ。実はちょっと困ってて。金貸してほしいんだけど」
携帯灰皿に灰を落とし、雅人さんが手を差し出す。
やっぱりそうか。どれもこれも変わってなくてため息が出そうになる。
雅人さんは昔から金遣いが荒くて、よく俺にせびっていた。使い道なんてどうせパチンコとか飲み会とか、簡単に思いつくモンばかり。
「雅人さん、今お仕事してないんですか」
「あぁ、先週までバイトしてたんだけどさ。頼むよ。次の仕事見つけて、給料出たら必ず返すから」
怒りとか呆れなんかは、幸いとっくの昔に通り過ぎてる。今はただ面倒くさくて、財布を取り出した。とりあえず一万で彼は満足したから良い方だと思う。
「ありがとな。返すから、電話番号教えてよ」
「いえ。返さなくて大丈夫です。だからもう、会うのやめにしましょう……。俺もこれからどうなるか分からないから」
小さく呟くと、雅人さんは表情を変えて俺の顔を覗き込んだ。
「へぇ。何で? 転職するとか?」
「まぁ……そんな感じです」
「なら尚さらだろ。今度は俺に頼ってこいよ。お前、今誰とも付き合ってないんだろ? 俺も今は特にいないし」
彼の指は、纏わりつくような、絡みつくような、不快感の募る触り方だった。
晃久とは全く違う触り方。どうでもいいのに、こういう時に比較してしまう。
それにこの感じ、せっかく忘れかけていたのに……。
胸の中に黒々としたものを覚えながら、瞼を伏せた。
「前は俺も悪かったって反省してるんだ。だからちょっと考えておいてよ」
頭をぐしゃぐしゃと撫でられても、俯くことしかできない。
「今日はこれで帰るな。じゃ、サンキュー」
雅人さんは軽く肩を叩いて去って行った。その背中が小さくなるにつれ、周りの音が鮮明に聞こえ出す。今までは死んでたんじゃないかと思うほど静かだった。人声と足音、信号、電車の轟音が生き返る。
ひとりになって、ようやく安心する。それと同時に手が少し震えてることに気がついた。
うわぁ。マジか……。
────俺、あの人が怖いのか。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
24
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる