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重ね重ね

#3

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晃久が家を出て行ってくれる理由で一番いいのは、俺を嫌いになってくれることなんだけど。

「朔、ただいま」
「いっ!?」

中々そうはならない。
仕事から帰って来た晃久は、俺を見つけるなり鞄を投げ捨てて頬を撫でてきた。
「やめろって。びっくりするだろ」
「そう?」
「俺達は恋人じゃないだろ。ベタベタする必要はないし」
彼から距離をとり、呼吸を整える。
落ち着け俺、落ち着いてちゃんと言うぞー……!

「お前とヤッても、気持ちよくないから」
「昨日は散々気持ちいいー、って叫んでたじゃん」

目眩がした。

しかし落ち着け俺。ここで怯んだら負けだ。

「か、身体の相性はともかく。俺が嫌なんだよ。もう、お前とはしたくない。……お前のこと、嫌いになったから」
若干声が震えた気がするけど、ハッキリ言った。
これで退いてくれたらいいけど。
そんな簡単にいくはずもない。

一瞬のうちに天井を見上げていた。衝撃で、ソファに突き飛ばされたんだと気付く。
そして視界を暗ます、大きな影。
「それがお前の本当の気持ちなら、ちゃんと受け入れるよ。でも抱かれてる時みたいに真っ赤な顔で言われても説得力がなぁ……」
晃久は怖いぐらい綺麗な笑みで俺を見下ろす。
「赤くなんか……」
ない、と言いたいけど、悔しいことに確認はできない。もちろん、晃久がテキトーに言ってる可能性も重々あるけど、さっきより身体が熱いのは事実だ。
この体勢になると動けなくなる。
どっちかっていうと、この事が彼の中で確信をもたらしてるんだろう。
「朔は嘘ばっかつくよな。昔からだけど」
「何だと。そんなことない」
「覚えてないだけだろ? お前は俺が大嫌いな嘘をいつもついてたよ。……笑いながらさ」
晃久の手が頬に触れる。心臓が止まってしまいそうなほどに冷たい手だった。

「大人になったら変わるかと思ったけど、今も昔もやっぱり変わらないな。変わらない。……お前がつく嘘は、やっぱり許せないよ」

晃久が嫌いな、嘘。

「……何のことだ」

必死に考えても分からなくて、彼を見上げる。
「分かんないよな。もういいけど」
晃久はいつもの穏やかな表情に戻って俺から身を退いた。そんな風に終わらされると、何だか逆に気になってしまう。
「何だよ。何か気に入らない事があるならハッキリ言えよ」
「別に。覚えてないなら、今怒っても意味ないし」
「だから、何を覚えてないって!?」
悪いけどこれでも記憶力は自信がある方だ。この前みたいに酒さえ入ってなければ。
学生時代の事だって、……ちゃんと覚えている。

だから真正面から彼に反論したんだ。返ってきた言葉は、確かに憶えていたけど……思い出したいものではなかった。

「昔は、よく言ってくれたろ。俺のことが大好きで、付き合いたいって」

晃久の手が、俺の髪を梳くように揺れた。そして短いため息と共に、その手が離れる。
「その後すぐ、嘘だって笑ってた。ムカつくぐらい可愛い顔でさ」
あぁ……。そうか。思うことは色々あるけど。
何で今さらそんなことを持ち出してくるのか、正直分からなかった。
「あの頃……は」
でも何か言わなきゃと思って、震える声でひとつひとつ吐き出した。
「しょうがないだろ。だってゲイってバレるわけにはいかなかったし」
「じゃあそもそも、何でそんな嘘つく必要があったんだよ」
「」それは」
あれ。
おかしいぞ、何でだっけ。
昔の記憶を辿って、答えを探す。

晃久をからかう為? いや、違う。昔の俺はそこまで性悪じゃない。
なら、そんなこと言う理由なんて一つしかない。

晃久が好きだった。どうしようもなく大切な、たったひとりの存在。

「好き」なんだって、なにかの拍子で言ってしまったんだ。
そしたら、「嘘だ」って言うしかない。
そうしないと、それまでの関係が崩れてしまう。
何もおかしな事はないと思う。

忘れてたんじゃなくて、忘れようとしていた。俺は晃久が好きだったんだ……。

高校ではいつも彼と一緒にいた。お互い親友だという自覚があったし、確かに想い合っていた。
だけど恋愛としては成り立たないって分かっていたから、その想いを必死に殺した。
気持ち悪いと思われたくない。嫌われたくないから、いつもふざけて行き場のない気持ちを紛らわせていた。
昔の晃久は誰から見ても完璧。優しくて、説明上手で、気が利いて。先生達も彼を頼りにしてたぐらいだから、同級生の中じゃ良い意味で浮いた存在だった。

欠点が無い。彼の一番近くにいた俺がどの角度から見てもそう感じたんだから、やっぱり凄かったんだと思う。
誰にでも優しい晃久だから。いつもふざけて、周りから呆れられる俺にも優しかったのは当然のことで。……何も特別じゃなかった。

一番の親友だって確かめ合っても、きっとこいつにとって俺は不特定多数の一人に過ぎないんだ。
ならこの変な気持ちはかき消した方がいい。
卒業して離れたら、きっと綺麗に忘れられるはずだ。

だからそれまでは隠しておこう。それが俺と、晃久の為だから。




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